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Arena Condition

AM 9:20  Temperature 8℃  Humidity 60% 曇り  March 16,'19(Saturday)


 今朝は、曇っていて少々肌寒いです。

 雨は、どうやら大したことなさそうです。


 週末久々に、馬場コンディション良好で迎えることができました。


 動物的感や如何に。


 馬とライダーは、どちらも動物であります。従って、ライダーも人とっても動物的感が働きます。しかし、これを理性をコントロールして行動します。

 ここで重要なことは、先ず動物的感が働いて、これをコントロールするために理性が働くという順序です。


 動物的感を無視して、理性が働くわけではないということです。


 人間の脳は、中間省略をするものですから、、感性をコントロールするために理性が働くのに慣れてくると、感覚的情報を無視して、理性が出しゃばってしまうのです。しかし、理性で完全に感覚情報を無視はできません。

 特に危機感においては、生命維持機能として理性ではコントロールできないようにできているのです。


 ライダーの言い分として良くあるのは、「何処でリリースしたらいいか分からない。」「どうなったらいいのか分からない」「何処までプレッシャーをかけてたら良いか分からない」といったことです。


 元々何かを馬に求めるからプレッシャーを掛けるのに、どうなったらリリースすべきなのか分からないということ自体が不思議なのです。

 いうこと聞かせるためにプレッシャーを掛けるのに、どうなったらいいか分からないということは痴呆症としか思えません。


 何れにしてもここでいリースしようと思ってリリースします。ところが完全にプレッシャーを解放できません。完全にリリースできないのは、動物的感として安心できる状態だとは思えないからなのです。

 従って、求めるプレッシャーの接触点において、動物的感でリリースしなければならないのです。ところがこのようなライダーは、理性でリリースしているのです。


 もし、私はテンションでリリースしていると異論を唱えるのであれば、そのテンションでリリースしていることが間違っているのです。完全にリリースできる方向性があるのかどうかを感覚的に判断しなければなりません。

 プレッシャーとリリースと繰り返すとき、その度にテンションが変わってきている実感があれば、そこに方向性が生まれているということで、最初から完全にリリ-スできる状態でリリースすることはできませんが、何回や繰り返す度にそのテンションが小さく変化すれば、完全にリリースできる方向に向かっているといえるのです。


 しかし、そのテンションが変わらなかったり強く跳ね返ってくるようであれば、間違っているのです。




Arena Condition

AM 9:10  Temperature 12℃  Humidity 38% 晴れ  March 15,'19(Friday)


 今朝は、湿度が低く爽やかです。

 昨日TVでいってましたが、春うららというと、うららが季語で春も季語なので、俳句の世界では、季重なりになってしまうそうです。

 

 梅の花は、残り僅かになって、メダカの食欲は旺盛になっています。


 馬場は、ベストコンディションです。



 理性に囚われているというと、理性で行動していると悪いように聞こえてしまう。


 一般的常識では、理性的に行動しているtことは、良いことになっていて、現代人は、如何に理性的に生活しようかと思っていることでしょう。

 しかし、私は、理性的に駆動している人を信用できません。

  何故なら、理性は、平成状態において機能しますが、特別なの精神の強固な人以外は、危機状態や利害の迫った状況では、機能しないことが多いからです。


 そして、多くの人を見ると、理性的であるのか感性であるのかの区別がついていなくて、大脳が支配しているのかどうかの自覚がありません。


 大脳が支配していることに自覚のない人は、馬鹿です。

 TVコメンテーターをしている人の多く見られます。多分の感性の人はTVのプロデューサーにとって扱いにくいのでしょう。


 



Arena Condition

AM 9:20  Temperature 11℃  Humidity 38% 晴れ  March 14,'19(Thursday)



 今朝は、春うららといった感じの日和ですが、実際の気温は低めです。


 馬場は、ベストコンディションになりました。


 自分の身の回りの事象を変えるには、自らの動作を変えなければ変わりません。


 自分のやっていることを客観視するということは、結果に基づいて判断することであります。自分は、正しくやっているのに、結果が変わらないということをいう人がいます。


 この人は、誰に向かっていっているのだろうと思います。


 結果を変えたいのなら、自分のやっていることを変えなければならないのに、自分はやっているということに固執するのは何故でしょう。

 この主張は、誰に利をもたらすのでしょうか。


 世の中のせいで、結果が好転しないということはあるのでしょう。


 しかし、それが正解であっても、何も変わらないのです。まして、万が一自分のやっていることが間違っていたら最悪ではないでしょうか。



 これを克服することは、大した問題ではありません。


 大変テクニカルな問題で、素人にはできないことなのではと考えるのでしょうが、このような考えは現実逃避に外なりません。


 自分はやっているの裏返しは、自分はできていないということになります。できていないという前提に立てば、何がどうできていないのかという立ち位置となって考えチェックするでしょう。


 結果が好転するまで、これを繰り返すだけなのです。






Arena Condition

AM 9:00  Temperature 15℃  Humidity 40% 晴れ  March 13,'19(Wednesday)


 今朝は、陽気が大分春らしくなって、気温が高く湿度も低めです。

 梅の木も花が、一割程度になってしまいました。多分桜の蕾もふくらんできたことでしょう。


 馬場は、やや重状態になりました。


 理性と感性の二つがあります。

 この二つを司っているのは、理性は大脳で、感性は小脳でしょうか。感性というと印象が悪くないですが、感情というと、何が悪い印象を持ってしまいます。感性を感情といいたいところですが、ここでは感性ということにしますが、受け取り方としては感情と理解されたいと思います。


 前置きはさておき、本題は、理性と感性には、ベクトルがあり、理性は、目的に向かって進み、感性は満足に向かって進む方向性を持っているのではないでしょうか。

 理性と感性が一致するとは限りません。


 理性が生み出した目的を達成したとしても、感性として満足することもあればそうでないこともありますし、感性として満足したとして、理性として達成感があるときも、むしろこれに反することもあります。


 善く人には、目的を持ちなさいといいます。本当の理性の生み出す目的は大切なものなのでしょうか。

 旅行で何処かへ行く場合、目的地に着いたものの、イメージした景色ではなくて不満に思ってしまうこともあります。


 私は、感性としての満足が優先されなくてはならないのではと考えてみました。


 感性としての満足を得るために、理性が生み出す目的を持つという順序が正しいのではないでしょうか。藪から棒に満足を求めるのはなく、理性の働きを以て具体的にターゲットを持つことによって、感性としての満足を意図的に獲得できる人になれるのでしょう。


 ところが、現代人は、感性としても案族を横に置いて、理性的であらねばならないような思想が蔓延しているような気がしてなりません。


 人がペットの犬や猫と付き合う場合でも、馬を扱う場合でも、感性としての満足を得ることを優先して、これを理性的に対策して、感性としての満足を動物と共有することこそが重要な考え方なのではないでしょうか。




Arena Condition

AM 8:50  Temperature 13℃  Humidity 40% 晴れ  March 12,'19(Tuesday)


 今朝は、よく晴れて暖かです。


 馬場は、不良ですが、これからハローを掛けて、今日明日で良いコンディションになることでしょう。


 馬とコミュニケーションするには、レインを引く手や胴体をプッシュする脚によるアクションに対して馬が従い、従うことによってそのアクションによるプレッシャーを解放することによって成立する。また、そのアクションに馬が逆らったときに、かけていたプレッシャーを増幅させて、少しでも馬が従う動作をしたときに、そのプレッシャーを解放することによって、コミュニケーションが成立する。


 従って、馬がプレッシャーに従っているのにリリースしなければ、馬の抵抗や反抗に繋がり、また、馬が従っていないのにプレッシャーをリリースすれば、より抵抗したり反抗するようになります。


 このコミュニケーションのキーシグナルは、ライダーの判断であり、レインを引く手やプッシュする脚によって感じ取る感触をどのように判断するかで決まるということです。

 この感触は、馬が従ったのか、抵抗したのかの判断が間違えば、必ず馬は抵抗や反抗をするようになります。

 自分は、正しく判断しているのに、馬が抵抗や反抗をした場合、その判断が間違っているのです。判断が間違っているという認識をしない限り、このコミュニケーションの欠陥を修正はできません。


 抵抗や反抗の回数が少なくなったのを、改善の証しだと判断するのも間違いです。


 10回反抗していたのが、5回に減った場合に、コミュニケーションが良好の方向へ変化し始めたと思いたいかも知れませんが、この判断は完全に間違っているのです。


 何故なら、馬が反抗したときに、これを改善しようとして何らかのプレッシャーをかけて、この反抗に対して懲罰を与え、これに従ったのでリリースしたとしたときに、再び反抗が現れれば、そのリリースが間違った判断によって行われている証しだからです。


 それまでの抵抗や反抗の度合いが弱まったことに対してリリースをすれば、抵抗や反抗は徐々に弱まってきます。抵抗や反抗が弱まったと感じ取るには、プレッシャーの接触点の感触名のです。


 プレッシャーをかけているときの馬のリアクション、つまりプレッシャーに従ったように見える馬の頭の動きやステップによって、従ったか抵抗したかを判断しているのは、完全に間違っているのです。

 

手や脚で感じ取るテンションが弱まったかどうかで判断しなくてはならないのです。


 


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