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AM 10:15 Temperature 11℃  Humidity 28%  快晴  December 18,'15(Friday)

 今朝は、雲一つなく快晴です。

 馬場は、やや重状態で、おさらい会の最終日には、ベストコンディションになりそうです。

 故郷の訛りなつかし停車場、人ごみの中にそを聞きに行く。  石川 啄木

 子曰く、学んで、ときに之を習う。また説(よろこばし)からずや。

 朋あり、遠方より来たる。亦楽しからずや。             孔子

 人には、生まれつきということがあるものだろうか。

 私は、どちらかというとこの説には否定的な考え方をしている。しかし、我が身を振り返ってみると、自分は小さい頃から反体制的思いを強く持つ子供だったように思う。

 私の小さい頃、東京というと大都会で、何もが先進的で洗練されていて清潔であり美しいという憧れの存在であった。

 それに比べて、自分の住んでいる田舎はその真逆で、泥臭く汚く遅れを取っている社会であるというように、誰かに強制されたわけではないが劣等感をいだいていたように思う。
 私の育ったところは茨城県の麻生町という小さな田舎町で、地元について学校の先生に教わったことといえば、「麻生時間」ということだけだったように覚えている。

 特にその時代、地元の教育といったものはなくて、あると思えば田舎の劣等的なことばかりであった気がする。

 その1つが「麻生時間」だ。

 この「麻生時間」とは、時間厳守という意識がこの田舎町の人々にはないということで、集合時間や何かを始める時刻に対して定刻という意識が弱く、何ごとも1時間ぐらい遅れるのが当たり前で、誰もそれを悪いことだと思っていないと学校の先生が嘆いていたことを思い出す。

 そんな時代私は、少々変わっていて、東京から親戚の人や客人が来ると、自分の身なりが汚れていたり見窄らしく見えて、気恥ずかしい思いをしたものの、どことなく反発心を抱いたのである。

 中学校高校共に地元の学校で育った私は、東京への憧れがなく、大学へ進学するにしても就職するにしても東京へは行きたくなかった。

 そんな時代、中学で就職して東京へ行った友がお盆休みで帰省すると、すっかり東京弁を使って話すのである。

 私は、こんな友のことを心の中で侮蔑して大嫌いであった。

 数ヶ月東京へ行った程度で格好つけて東京弁を話す根性が許せなかった。

 かぶれるのを大変嫌う性癖を持っているのかも知れない。

 今日でも、田舎の朋と話すときは、茨城弁丸出しで話すのが当たり前になっている。

 アメリカかぶれが嫌いなのも、この子供時代からの性癖からかも知れない。

 先日、朋が20年ぶりに訪ねてきてくれて、旧交を温めた。

 茨城弁丸出しで話す光景は、周りの何時もの人達からは異様な光景だったらしく、しかもその3人が何を話しているのかさっぱり聞き取れなかったらしい。

 誠に愉快な話である。

 そんなこんなで、冒頭に石川啄木の詩と孔子の漢詩を思い出した次第である。


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