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Arena Condition

AM 10:20 Temperature 13℃  Humidity 19%  快晴  December 8,'14(Monday)

 穏やかで雲一つない朝です。

 馬場は、久々にベストコンディションりました。今日の午後には、少し馬場整備をしたいと思います。



 Yee Haw !!   Five Hundred Thousand. 

 皆さまのお陰で、ついに我がウェブサイトのアクセス件数が500,000件を突破しました。

 ありがとうございました。心より御礼申し上げます。

 この500,000件の中には、賛同者もいれば反対者にいるし、支援者もいれば抵抗者もいると思います。しかし、そんなことは関係ありません。

 述べ総数ではありますが、500,000人の方の目に触れたことは事実で、少なからず影響を与えることができたということを快挙といわずして何と例えることができましょう。

 この500,000件は、エルドラド ランチの勲章です。

 このサイトの制作に携わって頂いた方に対して感謝申し上げます。

 また、このサイトの更新に、様々な情報やテーマの提供に対しても心から感謝申し上げます。特にアリーナコンディションのテーマを、我が身を犠牲にして提供頂いた方には、そのご協力に感謝したいと思います。

 これから1,000,000件に向かって邁進したいと思います。 我が体と魂の健康に留意して、周りの皆さんのお知恵を拝借しながら我がサイトの更新に務めてまいりますので、よろしくお願いします。




 「信用できる相対値と信用できない絶対値」

 人は客観性を信用しようとし、主観情報を疑うものだ。確かに人の主観は、それぞれだから疑ってかかるべきものだ。しかし、その対極として客観性を何の疑いもなく信用していいものだろうか。

 世の中に希少ではあるが絶対値とされていることがある。例えば、絶対零度や超伝導や光速度不変の法則である。

 絶対零度は、これ以上下がることはない温度のことで-273.15℃である。

 超伝導とは、電気抵抗が全くなくなることであり、絶対零度の環境下では超伝導現象が起きるのだそうだが、今日の技術では常温超伝導が開発されているようだ。
 常温で超伝導現象が起こせれば、リニアモーターカーのようなモーターを駆動する電気エネルギーを、消耗することなく永久的に使用できるということになるそうで、画期的技術である。

 また、光速度不変の法則とは、グランド上で、時速100kmのボールを投げる。そして、時速100kmで走る自動の上から、時速100kmのボールを投げると、そのボールは時速200kmの速度になるというように、ボールの速度は変化するが、光の速度(秒速40,000km)は変化しないという法則だ。
 例えグランドで光を発しても、秒速40,000kmで、時速100kmの車から光を発しても、秒速40,000kmはそのままで変化することはないというものだ。

 ところが、上下左右や東西南北、寒暖、緩急、長短大小、軽重、などは、全て相対値であり、右よりもっと右から見れば最初の右は左になり、東よりもっと東から見れば元の所は西になり、以下もその通りなのである。これらは飽くまでもある前提条件の下に計測した値で、相対値なのである。

 人は疑いもなく相対値を疑問視し、絶対値を信用してしまうベクトルを持っているが、肌感覚で測定できるのは絶対値ではなく相対値なのである。痛みでさえ、絶対値ではないし、幸福感でも相対値なのである。

 我々の身の回りには、絶対値といえるものはないのであり、その殆どが相対的なものなのである。
 つまり物理学者でもない限り、日常で絶対零度や光の速度を意識して生活することはなく、食べ物の味も美味い不味いも相対値なのである。

 そこで、我々は決心することもなく、自分の肌で感じるもので相対値を割り出す基準が設定されてしまうのであり経験がそのものなのである。

 自然に相対値の基準を、経験によって構築しているのであれば、その構築している相対値を信用できるものまでの水準に高めるべきで、実感したこともない絶対値を盲信して生きるべきではないのである。

 こんなこととは関係なく、情操教育とか感性を高める教育などというものが高い評価を得ていて、その必要性や人気を博しているようだが、感性を高めるということは、肌で感じる相対値の精度を高めるということなのである。

 相対値はあくまでも相対値であり、どんなに精度を高めたとしても絶対値になることはない。だからこそ人間の感覚は、際限なく極めて正確性を持つことができるのである。しかし、どんなにその精度が高まったとしても、それはあくまでも相対値であるという認識を持つことによって、過信することを避けることができ、更なる向上が望めるのである。

 その先、その後、内側、外側、もっと速く、もっと遅く、などという表現をするときに、そのやもっとを具体的に表現するようにすれば、感性を自然に高めることができる。

 そのとは何をいっているのか、もっととは何を前提にしているかを、具体的に表現するようにすれば、肌感覚から曖昧さをそぎ落としてくれる。

 哲学的に優れるのも技術的に優れることができるのも、肌感覚が向上することにあるのであって、知識や記憶を重ねても見識が高くなることはないのであり、肌感覚を突き詰めていくように精進することは、学識を高めることに自然に繋がって、バランスのいい教育になる。

 肌感覚は、当然何ら訓練しないでそのままであれば、信ずるに足る代物ではなく錯覚の権化ともいうべきものに過ぎない。
 「その」や「あと」などの関係代名詞を使って相対的用語を使わずに、右足よりも左足を右へとか、右手より左手を速く動かすとかのように具体的名詞を使って表現すれば、肌感覚は信用できる感覚まで引き上げることができ、感覚が向上すれば脳の閃きも活発になり、その閃きに基づいて行動する内に、ものの見極めが事前にできる感性が身に付くのである。

 客観性を追い求めたり、自説を、客観性を以てその正当性を訴えたりしている輩を薄っぺらな人というのであり、ある前提条件下においての正当性を訴え、その訴えは設定した前提条件がなければ成立しないことを認識しての論説は、信用に値するのである。

 被害者も加害者も設定そのものが相対値なのであり、自分を被害者だと自説して、社会や政府や特定の人を論断しているのは、誠に嘆かわしく愚かしい話極まりない。

 被害者意識には生産性がなく、加害者意識には向上や飛躍が見込める生産性が高いのである。


 
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