Arena Condition

AM 10:00 February 4, '11(Friday)

 快晴微風。今日は14度程まで上がる、とても暖かくなりそうです。

 寒波が通り過ぎて今週は、とても過ごしやすくなりそうです。

 今週から、ニュープロジェクト「グローアップ大作戦」と実施し始めて、画期的成果を上げつつあり、想定していたとはいえ驚きと感動を毎日のように体験しています。

 20年目にしてやっと、エルドラド ランチは、ライダーを上達させる方法を見つけることができました。

 もっともっと飛躍的に上達させることができ、本当の乗馬の楽しさを体験して頂けることと確信します。

 

 「力じゃない」

 どんなスポーツでも、力んではいけない力じゃないんだからもっと体の力や肩の力を抜いてということを良く聞くが、本当に力を抜くことから始めて技術を会得することができるのだろうか。

 技術が身につかない原因は、全て悟りきった人が辿り着いた心境を語る言葉である。
 達人が辿り着いた先の心境を、まだ辿り着いていない人や新人がそのまま真似たところで、同じような技術が身につくはずがないのに、それを真似ようとするし、上級者が辿り着いた結果感じている感覚を、未熟な人へ伝導しようというのがそもそも大きな間違いなのである。

 何事かを行うとき、精一杯行って想定した結果を目指すことが重要なのである。力の加減をしたり初めから力を入れないようにしたりしていては、いつまで経っても力じゃない心境に達することはできないのである。

 小学生、中学生、高校生の頃、校長先生はじめ多くの大人達から、君たちは若い、若いというだけであらゆる可能性を持っているのだから、精進しなさいと良く言われたものです。

 若いが故にあらゆる可能性があるという言葉も、力じゃないという言葉も同じで、ある年齢に達して感じる若さの尊さと、あるレベルに達したからこそ言える力じゃないという感覚を、そのまま何の体験も教育も受けていない若者や初心者に言ったところで通じるはずのない論理なのに、上級者や大人達はこの言葉を多用する。
 この言葉を多用することは、若者の成長や初心者の育成を害するものであり、禁ずるべき程の言葉なのである。

 動物のフィジカルは、大脳皮質がコントロールする意識の世界と、反射神経や運動神経や感覚神経などの自律神経にコントロールされる無意識の世界が存在している。そして我々の生活は、この無意識の世界が全体の大半を占めており、意識の世界はその大半を占める無意識の世界の外側をオーバーラップするように存在している。しかし意識の世界は、我々の生活の全てをコントロールしているかのような錯覚をしている。

 我々は物を持ち上げるとき、持ち上げるスィッチを押すまでが意識的にやることで、そこからはどの筋肉を使ってとか、バランスを取ってとかは自律神経によってコントロールして物を持ち上げている。
 つまりスィッチを押すところまでを大脳皮質がコントロールし、そこから実際に物を持ち上げるという運動は、自律神経によってコントロールされているということである。

 自律神経のコントロールする領域は、必要な機能を必要な順序で働くようにシステムが組み込まれているのであり、そのシステムが起動するように最初のスィッチを入れる働きをするのが、大脳皮質なのである。

 ところが、「力じゃない」ということを実践しようとすると、スィッチを入れた後の自律神経がコントロールする領域に、大脳皮質が介入するということになって、自律神経によってあらゆる機能がコントロールされているシステムが働かなくなってしまい、システム障害を起こして結局上手くいかないのである。

 フィジカルをゆっくり動かすのは難しい。何故ならゆっくり運動することによって大脳皮質が介入しやすくなって、自律神経のシステム障害を起こしやすくなからで、上級者が意図も簡単にスローな運動を見せているのは、大脳が介入せずに自律神経のシステムを機能させているからできる技なのである。

 速くやったり力一杯やったりすることは、いけないことだというイメージを持つのは、大人達や達人達が到達したときの心境でいう言葉が災いしているからで、力一杯やることによって自律神経のシステムがフルに機能するから、却って早く上達させてくれるのである。
そして力一杯やることによって自律神経のシステムがフルに機能するから、感覚神経で感じる情報を強く感じることができその情報が脳に伝わるから、より無理のない無駄のない運動を教えてくれるのである。
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蘇武の「節」

 昨日は節分。「節」に関して思う事は「蘇武の節」と言う故事成語です。

 漢の武帝の時代、北方の異族・匈奴との和平工作の使者として蘇武が派遣された。匈奴の王・単于は人となり優れた様子を見て彼を捕え手厚く遇するゆえ降伏するように説いたが、拒まれたので大きな穴倉へ全く食料も与えず留置した。

 蘇武は屈する事無く雪と毛織物の毛を食べて飢えを凌いだ。

食物を与えないのに生きている。驚いた単于はこれは只者ではないと北海のほとり無人の地へ移送し終身刑に処した。

 翌年、武帝は匈奴への征伐を行った、武将の李陵が捕らえられ降伏した。彼は単于に手厚く遇されその娘を娶り右校王になった。

 蘇武は北海のほとりで、野鼠を獲り、草の実を蓄え苦しい生活を続けていた。それでも武帝から授かった漢の使者としての印「節」を手放さかった。漢王朝の臣であると言う誇り、生き抜いて再び漢王朝に尽くすと言う志が彼を支えていた。

 無人の地に不意の来客があった。李陵が手土産を持参して小さな宴を張った。彼等は古くからの友人で李陵は「人生は朝露の様なものだ。君は何の為にこれ程の苦しい生活をしてるんだ。早く降伏して楽になれ。」

 蘇武は李陵の言葉に静かに笑っただけで何も答えなかった。匈奴に降伏した漢人には衛律がいた。彼も何度か説得したが同じだった。

 その後、武帝が崩じて昭帝が即位した。漢の使者が匈奴に派遣されて「帝が雁を射止めたところ、足に蘇武の居所が書き留めた手紙が結んであった」と蘇武の身柄を引き渡す様に求め、匈奴は仕方なく蘇武の帰国を許した。

 こうして蘇武は匈奴に抑留されること19年、ついに漢に戻った。国を出る時黒々としていた髪や髯h真っ白に成っていた。彼は典属国に任じられ李陵は匈奴の地で生涯を終えた。(参考文献=十八史略)

  蘇武は19年間肌身離さず持ち続けた「節」を手にしていたと言われ「蘇武持節十九年」と言う故事成語になりました。

 志は眼には見えません。想像を超えた孤独や窮乏に耐えて志を抱き続ける蘇武が成功するために必要なことを教えてくれます。貫けば必ずはきりと分かる結果が現れる。どの様な困難があろうとも志を抱きしめること。
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