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AM 10:35 Temperature 10℃  Humidity 16%  晴れ  January 19,'15(Monday)

 今朝も良く晴れました。

 週末は結局馬場が回復せず開店休業でした。 今日の午後には、ハローがかけられそうで、明日には、やや重ぐらいまでにはなりそうです。

 カナディアンキャンプのCCR Cupも無事終了のようです。

 関係者の皆さん、お疲れ様でした。

 色々な物語が紡がれたことでしょう。

 可成り寒かったようですが、天気にも恵まれたようで何よりでした。

 この色々な物語をどのように解釈して、各々のライダーがこれからのライディングに活かしていくかが問題で、各々の人生を形成することでしょう。

 人生とは、大袈裟のようですが、どんな出来事も、どのように解釈したか、また解釈しないことも含めて、この解釈によってその人の次の瞬間の行動を左右します。

 人は、大きな目的や希望を持つかどうかで人生が決まるのではなくて、どんなに些細な出来事でも、それをどのように解釈したかによって、次に行動が決まってしまうので、自覚症状がないところで自分の人生を決めてしまっているのです。

 

 「行動とその確認の検証」

 行動とその確認のメカニズムは、行動を起こしているときの実感つまり感覚によって確認し、自分は行動をしているという自覚認識を持つ。

 行動の自覚がある場合、人は行動イコール自覚、つまり行動しているから行動の自覚があると思っている。しかし、行動とは運動で、脳から運動器官に対して指示命令を発進して運動器官が運動するというメカニズムであり、その運動の自覚認識は、運動神経からもたらされるのではなく、感覚神経によって知覚細胞で受信した感覚情報を脳へ送信されて、脳が受信して自覚が生まれるメカニズムで、感覚神経機能が働くことによって自覚症状が生じているのである。

 従って、運動器官が運動をしていても感覚神経による感覚情報がなければ、運動をしているという自覚は生まれないのである。

 運動しているイコール運動をしている自覚ではなくて、感覚器官によってもたらされる感覚情報によって自覚が生まれるのであるから、感覚情報を脳が受信して初めて自覚が生じるのであり、もし感覚器官が事故や病気によって麻痺していると、運動していていてもその運動を自覚することはできないのである。

 そこで問題は、感覚器官の感覚情報は、大変粗末なもので、その粗雑な情報を脳が蓄積しているデータによって補完して感覚情報を完成させたものを、脳が認識するのである。

 人間の眼球は、医学界で数十年ほど前までは神が作った最高傑作品といわれていたが、現在では粗末な作品であるといわれるようになっていて、網膜に造影している画像はとても粗いもので、ぼんやりとした画像でしかないことが今日では分かっている。
 しかし、我々はすっきりした画像として見ている自覚がある。

 それは、脳が蓄積しているデータを元にその粗い画像を補完してすっきりとした画像にしているので、脳は自分で補完したすっきりとした画像を自覚認識するメカニズムなのである。

 従って、脳に画像を補完するデータが揃っていなければ、眼球で対象物を捉えていようとも、何を見ているか分からないということになるのである。

 以上のことから、行動の自覚とは、感覚情報によってもたらされており、その感覚情報は粗い情報でしかないので、脳が蓄積したデータによって補完した情報を認識するということである。

 脳が蓄積したデータとは、体験や見聞や技術や想像力などで構成していて、同じものを見ていても人によって脳が蓄積しているデータが異なるので、当然見えている情景が違ってしまうのである。

 例えば、家具を見ても素人が見るのと優れた家具職人が見るのとでは、見えている情景はまるで違ったものとして認識することになるのである。

 以上のような論点から、今現在持っている自覚を疑って、その自覚認識を高めようとしなければ、今現在の能力を以てしか自覚が生まれていないので、能力や見識を高めることはできないのである。

 そして能力や見識を高めるためには、勉学や見聞を広めることも重要だが、何ごとの訓練や勉学も今現在の自覚症状を高めることに帰結しなければ意味がなく、本質的に能力を高めることはできない。
 そのために、行動を確認する行為が必要になるのである。

 行動には自覚があったりなかったりしてしまうものだが、極力自覚するようにして、その自覚は、視覚であったり触覚であったりバランス感覚であったり、また複数の五感、つまり視覚と視覚であったりバランス感覚と視覚であったりするから、自覚した感覚と違う感覚情報を以て行動を再認識するように確認することが必要だ。

 例えば、自分の行動を視覚的に自覚しているとしたら、触覚で再認識するように確認するということである。

 このように行動の自覚を再確認するようにすれば、自覚認識と実際上の行動とに誤差がなくなりより正確になる。自覚認識と行動がより正確に一致するようになるということは、脳の補完能力が高まるということであり、脳の感覚情報に対する補完能力が高まるということは、その人の能力が高まるということだ。

 行動には結果が伴うので、結果の分かりやすい行動は、態々確認しようとしなくても行動したかしなかったかが分かってしまうので、確認しようとしないし、結果の分かりにくい行動は、自覚認識だけで再確認しようとはしないものだ。
物を持ち上げたり放り投げたりする行動は、結果が分かりやすく、人に親切にしたりものを丁寧に扱ったりする行動は、結果が分かりにくい。

 結果が分かりやすくても分かりにくくても、行動を再確認することが大切だ。

 行動の自覚認識を再確認するように日常努めれば、自然に行動に対する自覚認識が正確になり、自覚認識が正確になるということは、脳の感覚情報に対する補完能力が高まるということで、つまりイマジネーション(想像力)が高まるということになるのである。

 人の能力はイマジネーションだから、そのイマジネーションを高めるためには、行動を再確認するということで容易にできることで、勉学は補助的作用でしかないのである。見聞を広めて多くに良いものに触れることは、脳にデータを蓄積することになるが、知識を記憶することは脳の感覚情報の補完能力のためのデータ蓄積になるとは限らない。

 体験や知識も、全ては感覚情報に対する脳の補完能力を高めることに帰結しなければ意味を持たないのである。

イマジネーションは、視覚的映像だけでなく五感全てにおいてできる能力だそうで、この能力とは感覚情報に対する脳の補完能力のことなのである。


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