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AM 9:50 Temperature 10℃  Humidity 12%  快晴  January 9,'15(Friday)

 今朝は、快晴ですが、木枯らしが吹いていて、気温が10℃もあるのに体感が冷たいです。

 寒いと行動を鈍らせがちになりますが、馬場はベストコンディションですので、馬場が良いときは、この季節中々ないので機会を有効に使わねばなりません。

 週末は、良いコンディションで過ごせそうです。明日から3連休です。

 あまり風が吹かないと良いですが。


  「私説、イマジネーションと論理的考察」

 人間は、頭の中に想像することができ、多くの場合は視覚的な像を対象とするようだが、実際には五感において全てイメージすることができるそうだ。

 色々な文献を探してみたが、イメージまたは心的イメージについて、的確に論戦しているものが見当たらなかったので、未だ人間はイメージについて解明し切れていないようだ。

 この感想は、唯単に私に勉強不足によるかも知れない独断であるかも知れない。

 従って、どのようにイマジネーションを養成できるのかを、的確に論戦を貼っているものが見つからなかったのである。

 そこで、私は、人間がものごとを特定するための能力で、それはイマジネーションと論理的考察の二つの能力で、体験や知識のデータを蓄積(記憶や技術化)するために、この二つの能力を以て駆使しているのではないかと仮説を立ててみた。
 そして、ものごと特定するために、何らかの要因によってイメージが先行する人と論理的考察が優先する人とが生まれると思うのである。

 ものごとを特定する場合、イマジネーションによる人は、訳が分からなくても五感で捉えたままの印象でファイリングされ、論理的考察による人は、論理性が成立しないと特定できず、矛盾があるとファイリングされない。つまり、論理的考察によるものごとの特定は、矛盾が許されずファイリングできなくて、イマジネーションによる人は、矛盾や体験や知識に関係なく特定することができる。

 しかし、人間はこの二つの能力を持っているので、どちらも必要性があると考えられ、本来この二つの能力の取扱説明が必要なのではないだろうか。

 私は、子供の頃から、人の歩いている姿や癖や仕草を真似するのが得意であった。しかし、真似しようと思ってみたりイメージしようとしてみたり意図的な意思を持ってみたりしているわけではなかった。
真似するときその人の動く映像を思い起こすことができるので、そのまま自分の体を動かすだけで、そのときその人がやるであろうことを推測したり、持っている雰囲気はこんな風かなと思ったりしている。

 唯、少なくても理屈を交えてものごとを見ていることはないことは確かである。それも、意図的に理屈を交えないようにと思っているわけでもない。

 ものごとを特定する場合、人によってロジックに特定しようとする人と、五感で感じるままでものごとを特定しようとする人とがいるのではないだろうか。

 しかし、言語が使えない幼児期には、ロジックにものごとを見ることはできないので、誰でもが感じるままものごとを特定しようとしているはずなのである。ところが、言語を使えるようになるに従って、ものごとをロジックに特定する能力が身に付くようになる。
 そこで、人はどちらかが優先するようになるのではないだろうか。

 ここが分岐点で、言語を覚えるようになっても、ものごと感じるまま特定した上で、その後に論理的考察を加えるようにするシステムを変えてはならないのに、何らこれに拘ることなく、ものごとを最初から論理的考察を以て特定するシステムに乗り換えてしまうので、イメージすることが不得手になってしまう。

 奇跡的に言語を覚えてもものごとをイメージで捉えてから論理的考察を加えるシステムを変えずに成長した人が、芸術家やアスリートや優秀な学者になって、これらの人達が、ものごとを感じるイメージで特定する能力に長けているのはそのためなのである。

 ものを見ても聴いても何だか理解できないときは、論理的考察ができないので、見たまま聴いたままでそのことを特定すればいいが、問題は理解できたり訳が分かったりするときで、訳が分かろうが理屈が解けようが、その論理的考察によってものごとを特定しようとしないことが重要なのである。
 既に知っていることでも、どんな風に見えているのか聞こえているのかどんな雰囲気を感じているのかを思い起こして、そのイメージでものごとを特定し直すことが必要だ。

 イマジネーションと論理的考察とは、異次元の世界で、ものごとを特定するという観点では、イメージで特定しているとは、論理的考察ではものごと特定していないといえることであり、論理的考察による特定は、イマジネーションの観点では、その論理的考察の前提条件に拘束されている狭小さを指摘されることになる。

 つまり、ものごとを特定する手法として、イマジネーションと論理的考察の全く違ったシステムがあって、イマジネーションとして特定したものごとをデータ的分析することが正しいシステムで、データをデジタル化することが論理的考察なのである。

 ものごとを特定するために論理的考察をしないことが肝要で、ものごとを特定する場合は必ずイマジネーションでで行い、その特定したものごとをデータ分析してデジタルデータ化する作業として、論理的考察があると考えるべきで、このシステムで、この二つの能力を使い分けるようにならなくてはならないのである。


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