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Arena Condition

AM 9:50 Temperature 10℃  Humidity 11%  快晴  January 8, '15(Thursday)

  今朝は、木枯らしが吹いていて体感がとても冷たいです。空気も乾燥しています。

  馬場は、昨日ハローをかけることができましたので、今日は午後にはやや重状態になりそうです。

  さて、昨日書いた小正月に、木の枝の先に餅を団子にしてくっつけておいて、15日にお汁粉にして食べたことは、確か「なる木餅」といっていた記憶があります。

 餅は冬の乾燥した空気ですから、かちかちにひび割れができるほど硬くなっていて、これをゆっくり戻しているものの、あまり美味しいと思ったことはなかったように思います。

 今思うと、母親は、風習を怠りなくやっていたことを思い出します。面倒がらずにやっていたのは、どんなモチベーションが働いたのでしょうか。

 特に、父親も母親もどこの家庭もこのような風習を、面倒がらずにやっていたように思います。

 今の日本人にはあまり見られなくなってしまったのか、それとも若い人達もそんなアイデンティティが残っているのでしょうか。

 

  
 「想像力 Imagination イマジネーション」

 想像力とは、ものを見たり聴いたり触れたりしたとき、つまり五感でものを感じたとき、そのものを心的像である感覚や概念として捉えるための能力で、これは、こんなものかとか、あれに似たものだとかいうように、ものを特定するために、概念として捉えたり理解したりするための能力だそうだ。

 ある対象物や事象を心の中に像として描くのが、想像(イメージ Image)で、この能力を想像力(イマジネーション Imagination)といい、心の中の像とは、概念であり理解である。

 人間がものを特定するには、この想像力がなくてはできないことで、どんなに経験や知識があってもその経験や知識は、想像力によって特定され概念として理解されているものなのである。

 事象を特定するには、論理的に定義したり分析したりして、その特徴を探し出す場合と、その事象を映像として論理的解析しないでできる場合とがあり、殆どの場合人はこの両方をやっていると思われるが、全てのものを論理的解析ができるわけではないので、映像として特定する機能が人間には付いているといえる。
 つまり、訳の分からないものでも、そのことを特定することができるようにイマジネーションの能力があると考えられる。

 つまり、誰でもものごとをイマジネーションで特定することをやっているにも関わらず、人によってこのイメージを、強く意識たり、あまり意識しない人がいたりするということで、積極的にものごとをイメージで捉えようと取り組む人もいるくらいである。
 あまりイメージを意識しない人は、ものごと特定するためには論理的解析をしようとし、それができないとものごとが特定できないので、記憶できなかったり理解できなかったりしてしまうのである。

 人の能力の差は、論理解析力ではなくて、イマジネーション(想像力)なのではないだろうか。

 ものごとを特定するということは、複数のものごとを識別するということでもあり、他のこととの違いを知るということで特定することができ、これを論理的解析によって行うとすれば、膨大な情報量の収集作業と処理能力と確かな分析力が必要となる。しかし、全てのものごとを論理的に特定することは不可能なので、理屈抜きでものごとを特定する方法として便利な機能が、イマジネーションでありイメージとしてものごとを特定する方法なのである。

 ヴィデオやスティール写真が、デジタル式になっているが、元々はアナログ方式であったが、今ではテレビ放送もデジタル方式になっている。

 人間のものごとを特定する機能と同じで、アナログ式としてものごとを捉えるのがイマジネーションで、論理的に物事を捉えるのがデジタル方式といえるのである。

 デジタル方式は、アナログなものをデジタル情報として捉えて、その蓄積したデジタル情報を、写真や動画や音として人間が認識できるようにするためには、再びアナログ情報に変換しなければならない。

 つまり、このことは人間でも同じことが言えるわけで、ものごとを論理解析するということは、ものごとをデジタル情報として特定しているのであり、再び運動や絵画や唄などとして再生するためには、再びそのデジタル情報をアナログ情報へと変換しなくてはできない。

 つまり、ものごとを見て、何がどのようになっているかと思ってみてしまえば、論理的に見ようとしていることになり、デジタル情報としてものごとを捉えようとしていることで、例えば運動や絵や唄などで再現するには、このデジタル情報をアナログ化しなくてはできないのである。

 ところが、ものごとをイメージとして捉えれば、アナログ情報として認識することであるから、再現するには情報の変換が必要なく、見たまま聴いたまま触れたままを再現するだけ良いのでとても容易なのである。

 ものごとを論理的解析してデジタル情報化することは、ものごとを厳密に特定するには有効な方法で、他のものごとと識別するにも、変化を推測することも、もし再生能力が伴えば、詳細に再現することにもとても有効な方法であることは間違いない。
 しかし、全てものものごとをデジタル化することが有効だとしても、能力として不可能であり、そして、再生するためには必ずアナログ情報へと変換しなくては、人間は認識できないのである。

 従って、ものごとを特定する場合は、先ずイマジネーション機能を使ってイメージとして捉え、イメージとして捉えた映像に不備のあるところや厳密に特定したいことがあるとき、このアナログ情報としてのイメージを補完するために論理解析することが最も有効であり、人間がこの二つの機能を持っている所以ではないだろうか。

 ヴィデオカメラの録画時間が、デジタルよりアナログの方が圧倒的に長いのは、デジタル方式は情報量が膨大になってしまうので、処理能力に限界があるからで、アナログ方式の方がデジタル式で見れば膨大な情報量であっても、飽くまでも1秒は1秒で、どんなに複雑であっても単純であっても、その情報量の大きさは時間でパッケージされてしまうものなのである。

 ものごとを見るときイメージとして先ず捉えることが、とても重要なことなのであり、人間はどうしたらイメージとしてものごと捉えることができるかを訓練しなくてはならないのである。

 映像を見たとき音楽を聴いたとき、その映像や音楽に思考を入れずに、そのまま写真を撮ったりヴェデオ録画したり録音するように記憶する。そして、もし思考を加えたいのであれば、一旦思考を加えずに録画や録音したものを頭の中で再生して、その再生したものに思考を加えるように、日常行うようにしなくてはならない。
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