FC2ブログ

Arena Condition

AM 9:30 Temperature 19℃ Humidity 20% 晴れ April 2,'14(Wednesday)


 今朝は、風もなくとても暖かく感じます。

 馬場は、粗ベスト状態になりました。

 今夜遅く、雨が降り出して明日の午前中ぐらいまで続きそうです。

 天気が変わりやすいのが春です。折角の桜が散ってしまいます。


 毎日の仕事で、犬たち飲み水のためのバケツを洗うのですが、たまには束子に砂をつけてごしごし洗ったりもしてますが、水が段々冷たくなって真冬には氷が張ったりして、真冬に向かうときに、これらか水仕事が辛く感じるのだろうと予想しては、直ぐに思い返して、直ぐに春が来て水が温んできて、水仕事に辛さもほんの一瞬ですむと気持ちを切り返したりもしました。

 今その水が温んでみると、今年の冬は一瞬だった。短かったと感じている。良く思い返してみると記録的雪が降って、各地では死人が出たり、山梨では陸の孤島になってしまったり、我がランチでもテントを雪の重みで一つ駄目にしてしまったりと、色々あった冬でした。

 それもこれも過ぎてみれば、ほんの一時のようです。艱難辛苦もまた、桜の花の散るが如くといったところでしょうか。



 「選択の範囲」

 選択肢とは、前提条件で、方程式であれば変数が選択肢に当たる。

 z = ax + by であれば、aとbが前提条件となるので選択肢に当たる。

 xとyは、座標軸である。

 算数の問題では、計算式が問題となって答えを出すことが求められる。一方では、答えが決まっていて、aとbの値を求められることもある。

 正解法は前者で、消去法は後者である。

 正解法の方は、計算能力だけが求められることに対して、消去法の方は、計算法を知っているだけではなく、該当する変数をある範囲の中から選択しなくてはならない。
 つまり、消去法は、メカニズムと選択肢が思考の範囲として含まれ、正解法は、メカニズムだけを知っていれば答えを算出できるのである。

 消去法でものを考えるということは、最低二つの異なったステージでものを考えることが求められるのである。

 正解法は、計算法を知ることによって答えを出すことができるので、一つのステージでものを考えていることになる。

 さて、勉学の順序として、計算法を知ってからでないと、つまりメカニズムを知らなければ、消去法のように答えが決まっていて、その答えを出すためにどんな計算式にどんな変数を当てはめればいいかを見つけることは不可能だと考えるに違いない。

 従って、学習する順序として先ず計算法を習ってから、消去法の問題を解く学習をするのである。

 以上のような学習をして育つと、ものを考えるとき、計算法を探してしまうことになる。つまり、メカニズムを知りたがるようになってしまうのである。
 メカニズムと知りたがるとは、その論理を知りたがるわけではなくて、方法を知りたいと思うようになるのである。

 習い事をするときに、正しいやり方を知りたがるという具合である。

 また、何ごとも方法論から考え始めてしまうことになり、従って、当然自分が考えつく方法論に当てはまる範囲でしかものを考えようとはしないということで、方法の範囲でしか選択肢を思いつくことがないのである。

 右も左も分からないときに、消去法で目的に向かえば、先ず全体を俯瞰して、方法論よりも前に全体に内包する要素を見出して後に方法論を考える。

 考えられる限りない違法する要素を炙り出して、それらの要素をどのように組み合わせたら、目的を導き出せるかを考えることになる。

 「敵を知り己を知らば、百戦危うしからず」というの、作戦を考えより、先ず、この戦において考えなければならない要素、つまり味方と敵の情勢や戦力を把握して、後に作戦を講じて勝利を期すということである。
どうのように考えても、戦力や情勢を知らずして作戦を立てることはできないと思うのは、誰でもが思うはずである。

 しかし、技術を習得したりスポーツで上達しようとしたり、学問をしようとしたり日常のことをしたりするにしても、先ず全体を見てから対策を講じているだろうか。

 答えのない答えを探す時に、戸惑ってしまうのは、このことを日常だと思っていないからであり、普段から敵情を見ようとせずに作戦を立ててしまっているからなのではないだろうか。
 そして、消去法でものを考察することに、辛さや面倒くささを感じてしまうのではないだろうか。

 果たして、正解法で育ってしまった人が、消去法のシステムに切り替えることができるのだろうか。消去法のシステムに面白味や充実感を味わえるようになれるのだろうか。

 自分ことを振り返ってみると、物心ついたときから消去法で生きてきたように思う。小学生の頃のことを思い出しても、算数の授業中に問題の解き方を教わると、その場で違う計算法でも同じ答えが出せないものかと工夫したものである。
 何ごとにおいても、臍が曲がっていて、母親にも曲がっていると良くいわれたもので、誰かに強制されると直ぐに抵抗したり、決まり切ったことをいわれたりしたときもとても抵抗を感じたものだった。

 何故私は、消去法のシステムで生きてくるようになったのか、よく考えてみないと分からないが、物心ついたときからそうであったように思う。人の云うことや言い伝えや常識や習慣を鵜呑みにするのが嫌いで、これらを信用していなかったせいかもしれない。

 正解法と消去法で、頭がいいか悪いかではなく、ものを考えるシステムだから、採用するシステムでものを考える範囲がまるで違うので、この実態を理解して、消去法の考え方を理解すべきだ。

 そして、消去法のシステムでものを考える訓練を、実践して欲しい。

 子供の教育も、成人した自分でも、消去法でものを考察して、自らの向上を期してみてはどうだろうか。
スポンサーサイト



プロフィール

eldorado ranch

Author:eldorado ranch
eldorado ranch
Arena Condition

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブックマーク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カレンダー
03 | 2014/04 | 05
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード