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Arena Condition

AM 9:30 Temperature 23℃ Humidity 37% 晴れ October 30, '13(Wednesday)

 今日は、秋らしい晴れ模様で、空もとても済んで綺麗です。

 昨日は、一日中小雨の降るような天気でしたが、馬場にはさほど影響がなく、粗ベスト状態のやや重といった感じでしょうか。

 それでもお昼頃には、表面が白くなりそうです。

 10月も今日明日でお仕舞いです。あと2ヶ月の2013年、これからの日々で良い年になるようにしたいものです。


 「大脳VS 直感(感性)の大戦争」

 教育というと、本を読んだり聴講したりして、知識を広めたり論理を探究したりするもので、大凡大脳を使うのを要求されるものと、体育や音楽や芸術など、感性やフィジカルを訓練するものとがある。

 感性と大脳とのどちらがイニシアティブをとって、人間が形成されるべきなのかが問題で、このことによって教育のプログラムが変わってくるのである。

 一般的には、これといった意図なく大脳がイニシアティブを取るのが当たり前のようにシステム化されている。

 しかし、高度な精神修業の上に成立している仏教や高レベルの学者や脳科学者や、インディアンやアフリカやオーストラリアの原住民の信仰などは、全て感性がイニシアティブをとって大脳を支配し、大脳を手足の如く活用するシステムが当たり前のように思われている。

 豊かな先進国が施す教育は、情報化社会と称して記憶教育といわれものに成り下がってしまった。

 江戸時代の武士階級の教育は、漢文の素読で始まり、その精神は文武両道で、武を貴び、知識や論理を優先するのを忌み嫌ったのである。つまり大脳より感性を優先する教育が施された下級武士が、今日の日本を作ったのである。

 神の領域に達しようとする物理学者や、世の中のもの全てが何らかの法則でできているのではないかと考える数学者等が、挑む宇宙の出発点や素数の解明などは、全て感性がリーダーシップを取って大脳を活用してのことなのである。

 そうである事実から学ばずに、どうして日本の教育は、大脳ばかりを優先したものになってしまっているのだろうか。

 大脳がイニシアティブを取ったシステムが、如何に駄目なのかを説明するには、官僚機構と政治家の鬩ぎ合いを見るのが最適である。

 戦後まもなく日本が瀕死の重傷にあったとき、時代が要求するのかように信念と感性を持ったリーダーが官僚機構を活用して、戦後の復興を設計し誘導して、見事成し遂げたのである。

 この結果、官僚機構は多くのことを学んだのだが、選挙によって選出される政治家は、この官僚機構が設計した大脳教育によって養育された人達が後継者になった。
 始めから官僚にならんとする人材は、国家試験に合格しなければなれないので、一定水準以上の大脳教育をされ者がなり、その学識を持って益々優秀な官僚になった。しかし、政治家は、大衆の人気にさえあれば誰でもなれてしまうので、水準以上の学識もなく感性も乏しいから、大脳VS大脳では太刀打ちできないから益々官僚機構が権力を持ち、社会を支配するようになってしまったのが今日に日本の姿だ。

 何故田中角栄が、官僚達を手足のように使うことができたのか。可成り勉強家だったらしいが、それでも優秀な官僚には学識の点では叶うはずがなかったが、感性の点では官僚達が束になってかかっても、田中角栄には叶わなかったのである。
 従って、高等教育を受けていなかった田中が、一流大学を出た官僚を手足のように使いこなせたのである。

 つまり、今の政治家が官僚機構に太刀打ちできないのは、大脳VS大脳の戦いをしているから勝てないのである。
大脳VS感性の戦いをしなければならないが、感性は誰にでも備わるもののそのために教育がされなければ、簡単に身に付くものではないから、官僚と同じ大脳教育をされた政治家では、到底勝てるはずがないのである。

 経験や知識を、大脳が蓄えれば蓄えるほど、大脳はあれこれと人間の行動に口出しをするようになる。

 直感で行動する幼少時代に、痛い思いをしたり失敗したりして、直感に従わずに大脳のいうことに耳を貸すようになって、それが成長であったり大人になることだったりするものだと認識してしまうのである。

 しかし、一部の類い希な芸術家や学者になるような人材は、この大脳支配が我慢ならず、何度痛い目にあっても失敗をしても直感で行動することを止めず、やがてこの直感に思慮を配する感覚を身につけて、秀でた学者や芸術家になるのである。
 この秀でた学者や芸術家達の戦いは、大脳の味方をする親兄弟や周りを取り巻く人達や社会のルールなのである。運良くこの戦いに勝てたものだけが、秀でた学者や芸術家になれるのである。

 余談だが、何故態々秀でた学者という表現をし、芸術家には秀でたといわないかは、学者の中の普通の者は大脳優先の人達だからで、一部の秀でた学者だけが感性を優先する人達だかだ。一方芸術家は秀でようが秀でまいが感性を優先する人達だからである。

 感性と大脳との戦争は幼少の頃、つまり物心つくときに始まるのである。このときの教育者である両親や教育者が、感性の方の援助をするように養育すれば、殆どの人が天才になれるのである。

 幼少時代に、感性と大脳は並列的に存在して、感性は未完の直感として存在し、後発的に大脳が働き始める。どちらかが覇権を取ろうとして戦いが始まり、社会全体が大脳に味方をするから、大概の人は大脳が圧倒的勝利を収めて、普通の人になるのである。
 そして一部の人が、直感が感性といえるまでの思慮を織り込み大脳に勝利して、天才と賞賛されたり変人といわれたりする存在になるのである。
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