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Arena Condition

AM 9:25 Temperature 27℃ Humidity 23% 快晴 September 17, '13(Tuesday)

 典型的な台風一過で、秋空満点の快晴です。

 湿度も低く、爽やかな日和となりました。

 豪雨の後の馬場は、意外と水引が良く、水溜まりが1ヶ所ありますが、今日一日で、明日から全面ベスト状態になると思います。

 WJC以来台風もあって小休止していましたが、明日からファイナルシーンに向かって戦闘開始です。

 九州のカナキャン軍団は、既に戦闘状態にグランドチャンピオンを狙って、入っているかも知れませんが、当方は明日からこれを迎え撃つべく戦闘状態に入ります。

 この季節は天候が不順なので、良い天気の日は気を抜かないで万全を期したいと思います。

 The 6th PBC Final Scene 2013

 10月11日(金) 12日(土) 13日(日) 3日間

 会場 エルドラド ランチメインアリーナ

 是非多くの皆様のご観戦をお待ちしています。



 「認識と現実とのギャップ」

 人は、目標に向かって行動をする場合に、結果と行動の関係性に於いて結果が誘導されていると認識する。それは、結果が思い通りであってもそうでなくても、その因果関係に於いて理解するのである。

 上手くいった場合は、こうしたからこうなったと思うし、上手くいかなかった場合は、こうしたのに上手くいかなかったと思うのである。

 多くの人は、こうしたのにこうならなかったとか、こうなったとか思ってしまう。こうなった結果について疑義を持つことはあっても、こうしたという認識について疑義を持つ人は少ない。

 正確にいえば、こうしたつもりなのに、こうならなかったとか、こうなったとか思うべきなのではないだろうか。このように思えば、結果について疑義を持つ前に、こうしたという認識について疑義を先ず持つのではないだろうか。
 つまり、自分の行動の認識と実際とが一致しているかどうかを疑うということだ。

 目的を遂げようとして行動するわけだから、行動は結果を生み出すために行っている訳で、思惑と結果が違うときに、行動そのものに疑義を持ち、行動を変えようとする。この場合行動を変えようとするということは、方法や手段を変えるという意味で、行動そのものが認識している通りになっているのかどうかを疑うということはないのである。

 手段や方法の選択に疑義を持つ前に、自分の行動が自分の認識と一致しているのかどうかを疑うべきなのである。

 認識と実際とに隔たりがあれば、方法をどんなに変えても上手くいくことはないし、上手くいったとしても偶然で、認識している行動と結果との相関関係が誤解の上に立ってしまうことになるのである。
 未熟な人と成熟している人との違いは、認識と実際との一致度で、未熟な人は、自分がやろうとしている動きを思惑通りに手足を使ってできないということであり、成熟した人は、自分が思っている通りに手足を動かすことができるということなのである。

 つまり、手足の動かし方を疑う前に、認識している通りに動いているのかを疑って、認識と実際とを一致させることを主眼として訓練することが必要なのである。

 手を動かしてボールを上手くコントロールしようとするとき、ボールコントロールに意識を奪われていても、手の動きから意識が離れてしまうことはない。何故なら、ボールのコントロールが失われたとき、ボールが手から離れたことを直ちに認識するからである。
 以上のような、行動と認識が必然的に一致するようなことなら、問題は起きないが、運動には必然的に実際の行動と認識が一致しているかどうかを知らせてくれないものもあるので、この場合には、意図的に認識を疑って、認識と実際の行動を一致させるように訓練する必要があるのである。

 人間は、行動とその認識が一致していれば、間違った行動をしたときに自動的に修正しようという意識が働くのである。従って、次第に行動は必ず意図と一致するようになるものだ。
 行動とその認識にギャップがあれば、行動と結果の関係性を誤解するから、行動に意図が正確に盛り込まれることはないのである。つまり、行動と意図が一致しないのに、認識上は、自分は閣下のために行動しているのに不思議と違う結果になってしまうので、方法や手段が間違っているのかも知れないという認識に至ってしまうのである。

 人は、何らかの意図があるから行動するのに、その行動が意図することと一致しないのは、不本意極まりないことだ。

 行動に意図を繁栄させるには、どんな行動をするかではなくて、行動とその認識が一致しているかどうかが問題なのである。つまり、手足が思惑通りの動かせているかどうかにかかっているのである。しかし、手足を訓練して思惑通りに動くようにするのではなく、認識つまり感覚を訓練して、現状を瞬時に正確に察知する能力を身につけることにあるのである。

 どんなに拙い手足の動きであっても、その拙い現状を正確にしかもリアルタイムに把握することができさえすれば、拙い行動を具体的に認識するから同時にこれを修正しようという意識が働き、手足の動きが拙いままでいることはなくなるのである。

 運動神経の鈍いといわれる人を作ってしまう原因は、ここにあり、誤認識を是正しようとせずに、唯上手に手足を動かそうとする練習法が災いを作っているのである。

 手足を動かすのに、上手にと思わない人はいない。放って於いても上手にと願うものだから、態々上手に手足を動かしたいと思う必要はなく、上手にと思うことがむしろ邪魔なのである。
 手足がどのように動いているのかを正確に把握したいと思うことが重要で、如何に誤認識を是正するため、手足を動かして練習するという思いを持つことが肝要で、誰もがこのような思いで訓練すれば、運動神経が鈍いとか不器用とかいう存在がなくなるのである。

 重要なことは、誤認識の是正なのである。
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