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AM 9:15 Temperature 23℃ Humidity 64% 曇り August 27, '13(Tuesday)

 昨夜また雨が降ってしまって、今やっと日差しが出てきましたが、馬場は大きな水溜まりができてしまいました。

 従って、馬場は不良になってしまいました。

 今日から天気が良くなって、馬場が急速に回復すると思いますが、勝負はもう決まったようなもので、焦らず良いコンディションで大会を迎えたいと思っています。

 休業のご案内。

 九州での競技大会のために、8月31日(土)に福岡県古賀市へ向かって約1,300kmの旅に出発です。

 8月31日(土)から9月9日(月)まで、営業はお休みです。

 9月10日(火)に平常営業に戻りますので、よろしくお願いします。



 「直感と理性と誘惑」

 地位を極めたり、技術を身につけたり、何かを手に入れたり、なりたいものに志願したり、様々な目標を持って人は生きている。

 ところがその目標を手に入れる人は少ない。何故なら、その目標を手に入れる道中で様々な誘惑があって、その目標を手に入れる努力や試練よりも、その誘惑に惑わされない方が困難だからである。

 一時は500回ぐらいまでスクワッドを毎日やっていたのが、辛くなって止めてしまった。
 最初は20回から初めて、毎日5回ずつ増やしていって50回ぐらいまでになると、何回かに分けてやるといいということになって、20回を3回繰り返してトータル60回。
 そして、20回を5回6回と増やしていくと、回数を繰り返すことが面倒になって、1回分を30回40回50回と増やすようになって、50回を5回6回と増やして、トータル300回までになったのである。

 1回で50回やる頃に、徐々に40回ぐらいまでになってラスト10回が辛くなって、その辛さを避けるように20回ずつ分けてやるようになったのである。辛さを避けるようにというのが最初の誘惑である。
 最終的には、100回を5回やるようになったところで、次の誘惑は、やがてトータル1000回やるようになるだろうということだった。
 しかし、この辺で今日は疲れたから休もうとか、明日は土曜日で忙しいから休もうとかいう誘惑もやってきたのである。

 そして、一日休むと次の日にやるのがもっと辛くなって、止めてしまったということだ。

 このときの目的は、筋肉の強化であったわけだから、筋肉が強化されることが最も優先されなくてはならないのに、効率的にとか疲れないようになどの誘惑に負けてしまうのである。
 むしろ、疲れた方が良いに決まっているわけで、回数をこなしても疲れないようにやるのであれば、筋肉は鍛えられないのだから、回数より筋肉により負荷をかけることを目指さなければならないのだ。

 レイニングを普及させる場合においても同様で、技術の研鑽をして卓越したパフォーマンスを実現することこそが、そのコアでならなくてはならない。技術の研鑽を誘導するような戦略やプログラムが必要なのである。

 しかし、技術の研鑽や評価基準の高さは、誰にとっても容易ではないし並大抵の努力では成し得ないから、普及の名の下にハードルを下げる誘惑に駆られるのである。

 エントリーフィを安くしたり、出場資格の規定を緩やかなものにしたり、誰でも愉しくフレンドリーにという謳い文句をいうのである。

 リスクや可能性の確率を数字で表して、その理性の下にやるべきことを決めるというのは、一見賢い人のすることだという印象を持つが、堕落そのもので、目的の障害に屈服するということなのである。

 成功する確率やリスクなどという理性でものごとを判断するのは間違いで、問題は目的を達成してどんな満足を得るかなのであり、普及した結果どんな社会や市場を形成することによって、その社会を構成する人々がどんな喜びを勝ち得るかなのである。

 少数の賛同者でしかなかったり、多くの人の反対や非難があったりしても、自分の目指す満足とは何かが見えていれば、理性という名のもっともらしい理屈で、不可能さやリスクを説く論理に惑わされることはなくなるのである。

 簡単に言うならば、目の前の誘惑よりももっと大きな誘惑に根ざしていれば、信念がぶれることはなくなるし、我々が最も惑わされる誘惑とは、邪悪な中傷や誹謗ではなく、リスクや困難性を数字化した理性なのである。

 「選択の科学」を著した学者が、理性と直感のバランスが大切だといっている。直感は、今欲しいものしか教えてはくれない。将来どうなれば良いか、あるべき姿を教えてくれないのだそうだ。
 その反面、理性は、可能性やリスクを数字化して教えてくれるから、予測してものごとを教えてくれるそうだ。

 ところが、何を以て喜び何を以て幸せを感じられるかを、理性は数字化することはできないのだそうだ。そして、幸せや満足といったものに対して信用できるのは、理性ではなくて直感なのだそうだ。

 つまり、理性でものごとを選択してばかりいれば、味気ない人生になってしまうだけなのである。だからといって、直感でばかり選択すれば、到底目的を手に入れることはできないということだ。

 人生を決定付けるような、職業を選択したりソールメイト(生涯の伴侶)を決めたりするような選択には、理性は役に立たないのだそうだ。

 したがって、自分が満足することのコアを自分自身がよく理解して、これを実現するために、直感の情報を裏付けるための理性を使うようにすれば、情報に基づく直感を身につけることができるのではないだろうか。

 つまり、我々は、新たな挑戦をしたり、未だできたことのないものを作ろうとしたり、結婚相手を両親に認めさせるたりすることにおいて、周りの人や先輩や友や両親が反対論を唱えるとき、必ず理性的にディスポイントを提唱するのであるが、本当は理性的にいっているように見えるがそうではなくて、彼らは元々反対したいという結論を持っていて、それを正当化させようとして論理的言い回しをしているに過ぎないのである。

 直感を単なる欲望の発露としてしかないものを、発展させてより高度なレベルまでに引き上げる必要があるものの、志や目標や挑戦を中断させたり挫折させたり諦めさせたりするものは、理性なのである。

 ものごとを選択するとき、紙の半分に、できる限り良い点を書いて、残り半分に悪い点を書けるだけ書いて、その両方を十分検討して決定するのだそうで、その方法は理性的決断の古典的方法だそうで、我々の幸せのための決断には、全く当てはめることができない方式なのだそうだ。

 ミケランジェロは、石の中にある像を掘り起こしているに過ぎないといって芸術的彫刻を作っていたのだそうだ。つまり無駄な部分を削ぎ落とすことによって、その中に眠っている像を彫りだしているのだそうだ。

 決断や選択は、自分の自信を見つける作業で、無駄な部分をそぎ落として奥底に眠っている本当の自分の姿を表に出す作業だともいえるのだそうだ。

 我々は、目指すべきものを追究するには、自分自身が何を望んでいるかを知る必要があって、何を獲得することによって満足するかを、殆どの人が知らないのだそうで、選択や決断は、結局自分の心のコアを知ることになるのだから、理性に負けないでぶれることなく、目的を追求し続けることが重要なのである。
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