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Arena Condition

AM 9:25 Temperature 24℃ Humidity 54% 曇り後晴れ June 17, '13(Monday)

 今朝は、曇っていますが、これから晴れてとても暑くなるようです。

 馬場は、大きな水溜まりが2つあって、今日一日ではなくなるようには思えません。

 今週は、馬場が回復してくれればいいのですがどうでしょう。

 来週は日曜日から、大会貸切です。ビジターの方や会員でも大会に出場しない方は、騎乗できませんので、予めご了承願います。

 6/23(日曜日)から30日(日曜日)競技会開催にため、大会関係者以外は騎乗できません。


 ご協力の程、よろしくお願いします。



 「上達しない人の練習法」

 上達しないように練習するには、何らかの才能なしにはできない。
 これは、奇跡的なことで、上達しないように練習することはとても難しいにも関わらず、上達したいと思って練習しているにも関わらず、上達しないのは奇跡的な偉業といってもいいくらいである。

 上達しないように練習する方法を、私は知らないしできない。

 ところがあるジャンルに当てはまる人達は、こともなげにやってのけているし、しかも上達したいと思っているにも関わらず上達しないのだから奇跡的をである。
 この人達は、それが奇跡だとは気付いていないし、必死になって上達したいと思っているから、滑稽なくらいである。

 私にとって、上達しないように練習することは不可能なので、上達しないようにするには、練習しないしかないのである。

 全てのものごとには、事前・最中・事後と3つに区分される。言い方を変えれば、助走・ジャンプ・着地の3つがあるということだ。
 着地は結果で、ジャンプは直接的行為のことで、スローイングだったり本番だったりということで、助走は構えであったりテイクバックであったり準備や段取りなどのことだ。

 普通には、結果である着地の精度を上げたいと思って練習するから、着地が良くなることが上達である。

 この着地が思うようでないから、練習するし、もっと精度を上げたいと思うから精進する。

 この精進するということがない人が、上達しない人のケースである。

 実際に行動してみると、結果が思うようでないことと共に、何か体の何処かで感じていることがあって、その体感したことを反芻するように、最終動作のときに残る記憶を辿る。
 そして、反復しながら体感した記憶を辿ることを一回毎に行う。勿論、体感したことと結果を関連づけて記憶を辿るのである。

 更に、結果が悪い場合に、これまでに感じている体感を変えようと思い、助走を変えるのである。最終動作を変えようとしないで、助走を変えるのである。すると体感が変わるし結果も変わる。

 上達しない人の練習法は、助走と・ジャンプ・着地と分類したものの考えをしないし、結果が思わしくなくても、体感したことと関連づけようとはしない。しかも一回毎に、結果と体感を反復しながら記憶を辿ることはない。
 先ず、どんな体感があったかを気にしない。

 初心者は、上手にできないし正しくはできるはずはないと認識しているから、この段階で体感したことは意味がないと思い込んでいるから、意図するともなく体感を気にすることはない。

 上達しない人の練習法は、体を動かすことを繰り返せば、上達は自然にやってくると思っていて、体を動かすことを自分に強いて汗をかけば、上達は運や天に任せるというものだ。

 本や資料を一生懸命読んだり偉い先生の話を聞いたりすれば、賢くなると思っていることと同じなのである。

 体を動かせば上達し、本を沢山読めば賢くなると思っている。このように思っている人が、練習しても上達しないし、本を読んでも賢くならない奇跡の人なのである。

 本を読んで何を感じ、何故このような発想になって、どんなことを感じ、このような運動ができているのかとは決して考えないのである。

 練習にしても学習にしても、自分がその中に介在しないで、体を動かしたり本を読んだりする方法が、上達しないし賢くならないようにできる方法なのである。

 行動の中に自分が介在するとは、何を自分が感じたかを辿ることであり、何も感じないのであればこれも含まれるということだ。

 何かを感じれば、納得や葛藤が生まれる。葛藤が生まれれば、これを解決したいと思うし、そのままにはしない。
人の常として、葛藤や矛盾や釈然としないと感じると、「何故」と思うものだ。ところが、ものごとを学んだり練習しようと思ったりするとき、本や資料や尊敬する先生にこれを習うもので、日本の徒弟制度にも伝統的にあることで、師匠のやることや教えに、疑問を挟まず黙ってこれを習うのであるから、自分がどう感じて、況して矛盾を感じて改良しようものなら、破門されるのが当たり前だったのが日本の文化で、このことは今日まで営々として受け継がれていることなので、ものごとの修行中に自分が介在することを良しとしないのである。

 しかし、こんな日本文化の中でも名を成した人達は、黙って師匠に師事しながら、創意工夫を自分の中で密かにしていた人達で、鵜呑みや盲信して、師匠のいうがままに一生懸命働いた人達の中には、高を遂げて名を成した人はいないのである。

 上達しようと思って練習しても、上達しない練習法は、一々自分がどう感じて、その感じたことを手がかりに、助走に創意工夫をこらして、着地の改善を図ろうと創意工夫をしないようにする方法のことである。

 隣人に優れた人がいても勉強を一生懸命しても、賢くなったり優れた人格になったりすることもない。映画に感動しても、自らの生き様に何ら影響することはない。

 上手いものを食べても、上手いと思うだけで、その上手いものに関わった歴史や人の思いに触れることはない。

 人の世は、感動することばかりで、驚きと感動が溢れているものだが、何を見ても触れても聞いても臭いを嗅いでも味わっても、自分が触感や味覚や嗅覚や聴覚でただ体感しただけではなく、その体感したことでどのように思ったかがなくては、自分が介在したことにはならないし、偉人や有名人を友に持ったとしても、自分が優れるわけではないが、門前の小僧が経を読むには、何かを感じてどのように思ったかという本人人身の思いが動かなくては、経を読むに至らないのである。
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