FC2ブログ

Arena Condition

AM 9:50 Temperature 12℃ Humidity 26% 晴れ March 12, '13(Tuesday)

 今朝は、とっても穏やかで、これから気温が上昇するらしいです。

 馬場は、乾燥気味ですがベスト状態です。

 土日の風が凄くて砂嵐の中で馬に乗っている感でした。西部劇映画の一シーンのようでした。


 今年の冬は、記録的寒さだったので、梅がやっと満開になったと思ったら、もう桜の開花便りといった感じです。

 我が家の梅が、中々咲かないと思っていたら、今日に満開になってしまい、梅の花の味わいがありませんでした。

 どうしても、梅の花は、厳寒の中で、「梅一輪一輪ほどの暖かさ」という感じで、梅の花を愛でてみたいものです。



 「成功の法則」

 成功の確率1/4の法則。

 私は、ものごとに失敗はないという考え方を持っていて、何故なら何らかの要素が構成してものごとが成立しているから、人が望んでいる通りになっていないのを失敗といって、なっているのを成功というのだが、幾つかの要素が関連し合ってものごとが形成されるわけだから、人が望もうと望まずに限らず、それらの要素が関連し合えば必ず結果は、約束されたものになるのであって、それ以外の結果は生まれないのである。

 つまり、失敗と思うような結果になった場合は、望み通りの結果が現れなかったわけだが、望み通りの結果を生み出すための必要な要素が欠けていたのであって、失敗だと思う結果の為の要素は揃っていたということもまたいえるのである。従って望み通りの結果になるためには、それらを生み出すだけの要素を具備しなければできないわけだから、欠けているか余分な要素を見つけ出して、必要充分条件を揃えるようにすれば良いだけのことなのである。

 さて、ものごとは、最低二つの要素が関連し合ってできていると考えられる。
 何故なら一つならそのままだし、二つの要素が関連し合うことによって、変化が生まれる。そして二つ以上の要素が関連し合って、ものごとは現出されているのであって、複雑なものは、それを形成する数多くの要素が関連し合ってできていると考えることができる。

 只、どんなに複雑なものであっても、分解すれば、二つの要素が関連し合っている最小単位の形成体を見出すことができ、それらが段階的に幾つもの最小単位の形成体が関連し合って成立しているのである。

 競技大会のトーナメント方式の図を見るように、どんなに大きな大会であっても、2ティームの争いが決勝戦まで繰り返されているのである。
ものごとの形成もまた同じようなものだと考えられるのではないだろうか。

 以上の考察により、最小の単位のものごとは、二つの構成要素によって成り立っているわけだから、二つの要素が具備されることによって必ずその結果が生まれるのであり、この要素をAとBとしその結果をCとすれば、Cを生み出す為には、AとBを揃えなくてはならない。そこで、逆にその結果が生まれないということは、Aが不足しているか、Bが不足しているか、AもBも揃っていないかの3つのケースが考えられる。

 最小単位の形成体は、AとBで成り立っているとすれば、次のようなケースが考えられる。
1) A + B = C (成功の結果)
2) A + B(×) = ? Bが欠落している。
3) A(×) + B = ? Aが欠落している。
4) A(×) + B(×) = ? AとB両方欠落している。

 つまり最小単位のものごとに分解したとしても、望んでいる結果Cを生み出すためには、以上の4つのケースの内の一つ(1)の場合だけということなのである。

 成功の確率は1/4で、25%だということがいえるのである。

 しかし、ものごとは多くの要素が関連し合ってできているから、構成要素が増えれば増えるほど、成功の確率は反比例して少なくなるということになる。

 私は、ものごとを成したいと考えたときに、そのものごとが複雑で難解に見えたときは、絶対にできないと感じて、単純に見えたときは、できるかも知れないと感じ、明確に見えるときは、必ずできると感じるのである。

 そして、複雑に見えるものが対象となった時は、そのまま挑戦せずに、二つの要素の組み合わせに見えるまで分解することにしているのである。二つの要素の組み合わせまで分解できれば、成功の確率を25%まで上げることができて、その25%の確率を確実にできるように訓練するのである。

 25%の確立を100%の水準にまで技術力を高めて、確実に二つの要素を備えられるように専念するのである。
 そして、それができるようになった後に、次の段階へ進み、また25%の確立を100%に引き上げる訓練をするのである。

 つまり、25%から100%へ引き上げる訓練を繰り返して、決して50%や100%の確立に挑戦することはしないのである。
 私は、絶えず25%の確立に挑戦することを繰り返すのみなのである。

 ものごとに見たり接したりして複雑や高度や困難に見えたときは、必ず単純に見えるまで、二つの要素の成り立ちまで分解して、分解できてから挑戦を始めるから、成功の確率は、何時も25%なのである。

 このように分解しないで挑戦したとして、失敗を繰り返し長い時間を費やしてできるようになった場合でも、結局は成功の確率が25%の水準にまで達してから、成功と失敗を繰り返すようなり、このときできる見通しがついたと感じられるようになって、訓練に励みが出て徐々に成功の確率が高まって、成功するということなのである。

 しかし、最終的に成功すればいいが、諦める羽目になったり、失敗を繰り返す内に道を逸れたりしてしまうのが常で、成功に辿り着くまでに息が切れてしまうのが落ちなのであり、才能だ運だと口端に登るのである。

 誰でもが才能や運に惑わされることなく成功する道を辿るには、どんなに高度なものや複雑なものに見えたとしても、二つの要素の形成に見えるまで段階的に分解して、最小単位の形成体まで遡ってから、25%の成功の確率に挑戦することが必須要件なのである。

 何ごとも成功の確率は、25%なのである。そして、失敗の確率は、75%なのである。それ以上でもそれ以下でもなく、この法則は誰にでも当てはまることで、どんな天才にも25%の成功確立を縮めることはできないし、どんな鈍才でも、75%の失敗の確率を拡大することはできないのである。

 天才と鈍才の違いは、ものごとをより単純化するかしないかであって、成功の確率が違うわけではないのである。

 誰でもできることであるが、鈍才ほど成功の確率を25%になるまで、ものごとを分解しようとしないという特性がある。

 逆に才能がある人ほど、ものごとを単純化しようとするから、成功するのが速くなるのであって、実は才能のせいではなくて、何でも単純化して最低二つの要素の組み合わせになるまで、分解しようとするかどうかで成功は約束されているのである。

 その約束を破るのは、単純化して成功の確率を25%まで押し上げようとしない心の問題なのである。
 
 天才と鈍才が存在するとしたら、ものごとに5段階あったとして、天才は3段階目から始めて、鈍才は1段階から始め、天才の方が5段階に達するのが速いと一般的には認識されているが、事実とは全く違うのである。実際は、天才は1段階から始め、鈍才は3段階や5段階から始めようとするのである。
 つまり、天才は約束を守るから、上達が速く、鈍才は何時も約束を破るから、上達しないのである。

 天才は、才能があるからものごとを3段階ぐらいまでしか分解しないでもできて、鈍才は、1段階まで分解しても中々できるようにならないのではなくて、ものごとをできるだけ単純化して、できるだけ簡単に成し遂げようとするのことが上達を速め、その結果人から天才と称され、複雑なままトライして失敗を続け、成功の法則を守ろうとしない人は、中々上達せず人に鈍才と呼ばれて馬鹿にされるのである。

 成功の法則は、誰の頭上にも存在する単純な法則なのである。
スポンサーサイト



プロフィール

eldorado ranch

Author:eldorado ranch
eldorado ranch
Arena Condition

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブックマーク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カレンダー
02 | 2013/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード