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AM 9:20 Temperature 10℃ Humidity 23% 快晴 January 8, '13(Tuesday)

 雲一つなく無風です。

 馬場は、ベストコンディションです。夜多少雲があったせいか、バケツに氷が張っていませんでした。

 今週は、ずっと冬型の天気で、雨マークがありません。

 とても乾燥しているので、風邪が流行りそうです。

 昨日は、松も取れ学校も始業式があって、テレビも正月特番もなり潜めて通常モードに戻って、正月気分も一掃され、2013年の本格始動です。

 月並みですが、良い年になりますようお祈り致しております。



 「簡単に考える」

 疑問や課題が持ち上がると人は、そのことを解明しようと思って、考えるものだ。
 そこで良く耳にすることは、「良く分からない」ということだ。

 私には、考えても分からないということは、考えないから分からないということはあっても、考えているのに分からないということがないのである。分からないという結論はあり得ないのである。

 つまり、どんなこじつけでも構わないから何らかの結論を見るのである。勿論考えるということは、論理的に解明しようと思ってするものだが、どうしてもできないときに、結論の仮説を立てるのである。
そしてその仮説を立証しようとして、矛盾に突き当たればその仮説を消去して、次の仮説を立てまた立証しようとして、消去を繰り返していくと、やがて客観的結論を導き出すことができるということだ、

 仮説を立てることができないということは、あり得ないのであるから、ものを考えて分からないという言葉が出るはずがないのである。

 仮説を立てることができないことがあり得ないということに引っかかる人がいるとしたら、分からないという言葉で考えたと思ってしまうからで、分からないという言葉が思いついたときは、ものを考えていない証拠なのである。

 人は、ある作用が働くように何らかの運動をしているのに、その反応が起きない場合、何故反応が起きないのだろうと考える。

 このとき、運動をしていることを疑うか、反応できない何らかの障害があるかの二点を導き出せば、結論が出る。

 自分が運動していることが、本当であるかどうかを立証しなければならない。
 自分の感覚や思いだけでは、運動しているということが立証されないので、客観的に立証する方法を見つけて、立証できるまで探し続けなければならない。
 もし、自分が運動していることが立証できたなら、反応できない障害となる要因をリストアップしなければならない。その要因を一つ一つ取り除くようにすることで、解決するはずなのである。

 そして、このようにものを考えて取り組みさえすれば、疑問や課題が解決できたときは、論理的にも解明できるのと同時なのである。

 ものを考えることは、誰にでも簡単にできることだが、誰でもが考えることをしようとしないのである。

 つまり、私はものを考えているのに、どうもよく分からないということが多い人は、考えているのにという前提における認識を誤解しているのであり、考えていないのに考えていると思ってしまうことによって、ものを考えなくなってしまっているのである。

 考えていないのに、考えているという自覚が、ものを考えられなくしているのである。

 考えた上で、「どうもよく分からない」という思いに至ったときは、考えたという自覚を捨てなければ、考えることができるようにはなれないのである。

 結論を導き出せないときは、考えたという自覚を捨てて、考えることができないという自覚を持つべきなのである。

 そして考えることができるようになるためには、考えるべきことがどんなことなのかを、先ずリストアップする必要がある。

 例えば、自分は運動しているのに、その作用が働いて効果が現れないとすれば、自分が運動をしているという前提を、本当に運動しているのかどうかを立証しようと考えなくてはならない。そして次に、効果が現れない要因を見つける為に考える必要があるということだ。

 つまり考える対象を鮮明にすることや、障害となっている要因を探り出すことが、考えるための準備作業なのである。当然ここまでは、考えるための準備であって、考えていることにはまだなっていないのである。

 この例でいえば考える対象は、「本当に運動しているのかどうか」と「反応が現れない要因」の二つである。
そして、「本当に運動しているかどうか」を立証するために、どのようにすればできるかを考える。
次に、「障害要因」をリストアップして、そのリストアップされた要因の一つ一つがどのような障害となっているかを考える。

 ものごとを考えるということは、考えるべき対象をはっきりとすることと、その対象となることについて、何を解き明かさなければならないかを鮮明にするために、その要因を探り出すという作業が必要なのであり、これらの準備が整わなければ、ものを考えることはできないのである。

 ところが、日常的にはそんなまどろっこしいことは省略しているので、一々考えるために準備しないので、理解困難なこととなると途端に考えることができなくなってしまうのである。

 つまり、分からないというこということは、考えても分からないということではなくて、
何を考えるべきことなのか分からないということであり、考える準備が整っていないと自覚すべきなのである。

 もし、人に教えを請うのであれば、考えるべき対象が何であるや、その対象となるものの構成要因がどのようなものなのかを聞くべきであり、そのことが鮮明になること無しに考えることはできなのである。
更にその上で教えを請うのであれば、それらの考える対象やその構成要因を言明した上で、指南を受けるべきなのである。

 只分からないということを口に出して、教えを請うのはあまりにお粗末な話なのである。

 ものを考えることができないのは、考えるための準備ができていないからで、考える準備をするのが最も考える上では、重要で難しいことなのであり、準備が整いさえすれば、答えは粗見つかるのである。
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