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AM 9:10 Temperature 15℃ Humidity 35% 快晴 November 20, '12(Tuesday)

 今朝は、快晴で風もなく、暖かいです。

 馬場は、昨日の内に大分回復して、夕方魔までにやや重状態にまでなっていました。

 従って、今日のお昼頃までには、大分良い状態まで回復してしまうと思います。



 「トレーニングの概念」

 「人間の赤ちゃんの成長における脅威的能力の発達」というNHKの以前放映された番組を、アーカイブスで見た。

 その番組では、赤ちゃんは生まれた段階で既に広範囲な能力を持っていて、成長に連れて必要な能力が特化して、その特化した能力が高まる一方で、必要とされない能力は、次第に失われていくということが、詳しく説明されていた。

 その例として、生まれたばかりの日本人の赤ちゃんが、成人の日本人にはでは聞き分けのできない韓国語の母音があって、それを生まれたばかりの赤ちゃんは、しっかりと聞き分けができているらしく、ところが成長に連れて日本語を話すようになると、その韓国語の母音を聞き分けができなくなってしまうというのである。

 また、英語のRとLやBとVなどの聞き分けもできるのが、日本語を話すようになるに連れて聞き分けができなくなってしまうのだそうだ。

 しかし、一般的概念として能力というものは、訓練によって備わるものと理解されていて、もともと備わっている能力の内、使用頻度の高い能力が特化して、その能力が確立して行くものだとは考えられていないのである。

 一方、特化する能力の対極的能力が減退したり失われるのか、使用頻度の低い能力が減退したり失われたりするのかについては、その番組では触れられていなかったが、それを推測すれば、対極的能力が減退したり失われたりするのではないかと思うのである。

 つまり、日本語ならではの母音やシステムを使いこなす能力が、成長するにつれて確立され、その反面その特化した能力の妨げになるような能力が失われていくようなシステムが働き、韓国語の母音が聞き取れなくなってしまうのではないだろうか。

 何故なら、視力の弱い人が感覚に鋭くなったり、サッカー選手がゴールキーパー以外はハンドを使ってはならないルールがあるからこそ、脚によるボールコントロール能力が際だったり、日本語はボキャブラリーが豊富だから日本社会で生活していると、小鳥の鳴き声を左脳で聞くようになり、言葉に置き換えて聞くことができるようになっているらしく、ポエム(詩)になりやすいのに比べて、欧米人は、右脳で聞いていて、ノイズでありサウンドとして捉えているのだそうで、音楽になりやすいのだそうだ。

これらの例もまた、ある能力が特化することによって、その対極にある能力が減退することを物語っているのである。

 そして我々は、元々能力が備わっていて、その中から必要なものを特化して確立するものだという認識を、持たなければならないということであり、持ってなかった能力を、訓練によって身につけるということではないということを理解する必要がある。
 そして、一つの能力を確立するということは、その対極にある能力を、減退させることに連動しているということもまた理解する必要があるのである。

 つまり、脚を使う技能を発達させたいと思うなら、手の動きを束縛して訓練することが、合理的であるということであり、脚の訓練をするだけでなく、手の動きを束縛することによって、より合理的に効果を上げることができるということなのである。

 また、手や指先の感覚が鋭敏になるようにと訓練するときに、手や指の訓練をすると同時に、目でものを見ることをなるべくしないようにすることが、手や指の能力を特化させやすいということなのである。

 つまり、これまでの訓練の概念を、我々は、変える必要があるのではないだろうか。

 訓練するべき技能を、只単に発達させるだけを考えるのではなくて、その対極にある能力を一時的に封印して訓練することで、より合理的に訓練の効果を上げることができるということなのである。

 手を鍛えたければ、脚を使わないように、脚を鍛えたければ手を使わないように、感覚を鍛えたければ目でものを見ないように、目分量を確かな精度に上げたければ、目分量で測定してから、それを確認するために事後に秤に掛けるように、見ないでも感覚的にものの動きを読めるようにするためには、動きを感覚的に読んでから、その読みが合っているかどうかを確認するために、目で確かめるようにするとかのように、我々は自然に昔からしてきていることが沢山あって、これらの事実はとても合理的だったということなのである。

 能力を身につけるという概念を捨てて、既に備わっている能力を特化させるという考えを認識し、そして、ある能力を特化させるということは、その対極にある能力を減退させることでもあり、発達させようと考える能力を訓練するとき、同時にその対極にある能力を探し出して、対極的能力を意図的に束縛することが、より合理的に訓練の効果を上げることができるのである。

 そして、ある能力を訓練するとき、その対極にある能力を束縛しないで訓練すれば、効果を上げることが半減するだけでなく、器用な方をそのまま駆使して訓練しても、効果を上げることができないのである。

 つまり、指先の感覚を鍛えたいのに、目で見ながらどんなに訓練しても、その効果を上げることができなかったり、右利きの人が、左手も右手同様に使えるように訓練したくても、右手を自由に使いながら訓練しても効果が上がらなかったりするから、右手を一時的に使えないように束縛して訓練しなければ、効果を上げることはできないのである。

 特化させる能力の訓練と同時に、対極にある能力の束縛を考えて訓練するという概念を持つことが重要なのであり、元々備わっている才能を啓発することに、訓練の意味があるということもまた理解する必要があるのである。
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