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 先ほどから本格的な雨が降り出しています。馬場は、まだベスト状態を保っていますが、時間の問題で、直ぐに最悪コンディションになることでしょう。

 それでも、夕方か夜に雨は上がって、明日は晴れるようです。

 

  「皮膚感覚」

 皮膚感覚とは、触感のことで、手触り感とか触ったときの質感とか様々な感じから始まって、予感や気配など実際に触っていなくても、感じる感覚などのことである。
 その皮膚感覚が鋭くなれば、見ただけでその正体を見抜いたり凸凹や滑らかであるのが分かったりする。そして、その感覚から変化する様相や仮説まで立てることができるのである。

 ところが、我々の今日の生活環境は、人の皮膚感覚を必要としないように設計されていて、益々皮膚感覚が鈍くなってしまっているのである。実際は、皮膚感覚が鈍くなっているわけではなくて、皮膚感覚の情報を無視して生きるようになってしまっているといった方が妥当だ。

 従って、どんな感覚情報を感じていたとしても、考えていることや知っていることや思い込んでいる常識や定説が優先して、その感覚情報を無視して行動をするのである。

 コンピュータが弾き出すデータや天気図を見て、天気予報はできるが、空模様を見て予報することはできない。
設計図を見て建築計画や強度計算をすることができるが、木材などの建材を見て建築計画や強度計算を弾き出すことはできない。
 エンジンをテスターによる検査をして、部品を取り替えて直すことができても、エンジンの音を聴いて故障箇所を見つけて、故障箇所の不具合を調整して直すことはできない。

 ドンドン職人の皮膚感覚に替わって、電子機器が活躍するようになって、一見便利になった社会を形成しているが、人間の皮膚感覚は無視される一方の生活になってしまっているのであり、大脳支配の生活になって、人間の感性はドンドン失われているのである。

 従って、今日の人間は、皮膚感覚の情報で行動を決定することができないのである。

 スポーツマンや古い職人だけが、皮膚感覚情報が自分自身の行動を決するのに主要な役割をしていて、その感覚情報に条件反射として反応するのではなくて、感覚情報を手がかりにして、これを意図する情報へと変化させるように何らかの駆動を施して、行動に皮膚感覚情報と意図する要求を織り込んで、目的に叶う結果を導き出すのである。

 近代の人間でも、このスポーツマンや古い職人と同じ行動を、繰り返している時間がある。それは、特別な意図が働いていない、何気ないときの行動がそれなのである。

 例えば、お茶を飲んだりドアの開け閉めをしたりする何気ない日常生活の行動は、その殆どが行動の目的である意図する思惑を達成するために、皮膚感覚情報を手がかりにして手足を動かしている。
 皮膚感覚情報を手がかりにするとは、手足を動かすための道標として、この情報を織り込んで運動するということである。

 皮膚感覚情報からものごとが始まれば、感覚が鋭くなって手足を動かす運動神経もまた自然に感覚情報を織り込むようになるし、その情報がどんなメカニズムや必然性によって引き出されるのかを思考するから、大脳もまた活性化し、マクロとして行動の目的やその動静をイメージすることが可能になり、皮膚感覚情報が綿密に受け入れられるようになればなるほど、そのイメージの画素が増えてその映像が鮮明になり、鮮明な画像としてイメージできるようになれば、そのイメージ通りに手足を動かすことができるから、目的もまた達成させるのが容易になるのである。

 このような循環で生活するようになれば、対象となるものに接したり見たりした瞬間に、イメージが浮かぶようになって、初体験であっても継続していることであっても、可能性を実感できたり進展を予感したりして、成功の循環が自然に起きるのである。

 気になった触感を、そのまま無視したり置き去りにしたりないで、その感じを受けるのは心地良いのかそうでないのか、何が原因してその感じを受けるのか、その時解明できなければ解明できるまで追究し続けて、頭のどかに積み上げておく。そして次から次へとやってくる皮膚感覚情報に対しても、気になったことは、全て何らかの解明しようと試みることを怠ってはならない。

 そのために、一回一回の行動を区切って、一回毎に得た感覚情報について考察を加えることが必要で、その考察とは、指先の意識を強く持って運動をしてみると、こんな感じを受けたとか、何処に目線を向けて運動してみるとこのような感じになったとかのようなことや、これに伴ってこんな結果になったというように、一回毎に、頭に置いた意識と運動しているときに感じた感覚と結果を振り返り、この3つを繰り返し練習する毎にセットとして頭に刻む。

 結果を単なる結果として捉えるのではなくて、必ずプロセスにおいて感じた感覚と何処に意識を傾注したかということを、先ず心に刻むことである。これを繰り返していると、ある法則を見つけることができるのである。
 (1)意識、(2)感覚、(3)結果の3つの要素を、一回毎に1セットとして記憶するようにすれば、例えば(1)目線を標的において運動すると、(2)胸が開いて視界が広くなった感じを受けて、(3)標的に当てることができた。
 以上のように、3つの要素が1セットになって、目線を標的に向けると胸が開いて標的に当たるというように、関連性を以て心に刻むようにすれば、やがてある方式が見つかるのである。

 このことについて更に考察を深めれば、それなりの理論が見つかるはずだが、そのこととは別に、意識を何処におけばどんな感じになって結果がこのようになるというように、3つの要素が関連づけられるのであり、更に意識を他に移せば違った感じになって結果もまた違ったものになるというように、必ず、この3つの要素を一回毎に関連づけて記憶するようにすれば、皮膚感覚が鋭くなりこの感覚情報を、運動に織り込むことができ、望ましい結果を意図するものへと導くことが可能になるのである。
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