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AM 9:20 Temeprature 10℃ Humidity 64% 曇り November 5, '12(Monday)

 今朝は、気温の割に湿度が高くて、今にも雨が降りそうな感じですが、今日は曇りで今夜から明日にかけて雨になるようようです。

 馬場は、ベス状態ですが、昨日は、久しぶりに馬場に埃が立つほどに乾燥していました。

 夏は、毎日水を撒くほどでしたが、一気に夏が過ぎていった後は、埃が立つほどに馬場が乾いたことがなかったように思います。

 記憶にありません。



 「曖昧」

 我々の日常生活は、大凡90%は曖昧で、はっきりと確信することを求めて生きているわけではない。しかし、残り10%を説明できる思惑や根拠に基づいて行動し、その結果にもまたそれなりの考察をして、納得できるように精算を行い、なるべく自分の意図を正確に繁栄させて生活をしている。

 第三者から見ると、人によってその人の意図がはっきりと見える人もいるが、そうでない人もいる。この違いは、一体何が反映して、このような印象を持つのだろうか。

 つまり、その人の意図や主張がはっきりと見える人と、何をしたいのか何が目的なのか、その人の為人がよく見えない人がいるということである。

 人によって、曖昧と正確の割合が違うのかも知れないが、その割合の違いで、その印象が違って見えるのだろうか。

 もしこの割合で人の生き方や印象が変わるとすれば、100%近く意図した時間を過ごすように生きるようにしようとしたら、疲れてしまって我々人間の神経は絶えられないのではないだろうか。
 しかし、人によっては、絶えず意図が働いた行動をしている人がいるし、全く働いていないような人が存在することも事実なのである。

 この事実は、曖昧な時間と意図する時間の割合の問題ではなくて、ふと気になったことがあったとき、そのことに対していい加減にしないでいるか、予め決めていることだけを曖昧にしないでいるかの違いではないだろうか。

 つまり、何ごとも気になったとき、曖昧にしないで納得いく説明ができるように努めて生活をしている。

 一方で、予め決めていることに関してだけを、曖昧にしないで納得できるように整理しようと生きている。
前者は、皮膚感覚でものごとに対処している人で、後者は、大脳が主導権を握って、生活をしている人だということができる。

 大脳が主導権を握って、曖昧にするか明確にするかを決めている人は、予めそのことに対して論理的に説明できるか、その正体を知っていることに対して、その拘り方を決められるから、対象となるものがその人にとって理解できなかったり正体を掴めなかったりするときは、拘りようながないから曖昧になってしまうのである。

 皮膚感覚でものごとに対処して生きている人は、対象となることがどんなものであれ、理解できないものでも知っていることでも始めてでも経験のあることでも、気になりさえすれば解明しようとするから、五感が察知したことを曖昧にしないということなので、第三者から見れば、全てにその人の気が感じられて、どんなことに対してもその人の意図が働いているような印象を持つのである。

 大脳が主導権を握って、意図する行動を決定している人は、結局第三者から見れば、その人の意図がまるで見えないという印象を持つのである。何故なら、絶え間なく起きる出来事や、解釈や判断して選択しなければならないことが、正体を知っていたり説明が付くように理解できたりするわけではないので、立ち往生してしまうかやり過ごすことに結果的になってしまうから、何を考えているか分からないといった印象を与えているのである。

 第三者に対する印象は、この際どうでも良いことで、本質は、我々生活をしている上で出会うものごとや出来事は、殆どが理解できなかったり知らなかったりすることや、初めて体験したり不思議なことであったりするわけだし、スポーツや技術を身につけたり学問をしたりする場合は、身の回りに起きることの99%は、初体験であり理解不能なことばかりであるし、だからといって何らかの解釈や決断や選択をしなければならいから、大脳が主導権を握っていたのでは、予め知っていることだけしか対応できないわけだから、対処しようがないのである。

 皮膚感覚で、気になったことに対して、そのままにしたりやり過ごしたりしないで、どんな小さなことでも重要だと思えないことであっても、説明できるように明確にすることを、日々怠らずにすることをお勧めしたい。

 皮膚感覚が、あらゆる行動の起点となるようにすれば、必然的に大脳は鍛えられるし、知らないことや理解できないことや初めて見聞きするもの対しても、洞察力が旺盛になり、洞察力が旺盛になれば想像力が逞しくなり、感覚も判断力も運動神経も、更には大脳の働きも活性化して、つまり皮膚から始まって全ての能力に行き渡るように、その人の意図が織り込まれるし、その反動として、その人の行動の規範となる意が、洗練されるということもまた起きるのである。

 大脳が主導権を握っている人は、大脳が決めていることや既に知っていることだけしか解釈も判断もできないわけだから、当然選択しなければならないときに、間に合わなかったり自分で決断しなかったりして、その時の勢いに流されてしまうということになるから、その人の意図が反映された行動の割合がとても小さい領域になってしまうのである。

 大脳もまた、何処かの器官における指令によって、働きを始動されるべき器官なので、決して主導権を握ってはならないのである。

 拘って生きている時間の割合ではなくて、放射線状の起点となる中心において、あらゆる器官とそれぞれの器官を結びつけている神経による連絡網は、皮膚感覚にスィッチオンの始動をする権限を与えなくてはならないし、その権限を大脳が絶えず奪おうとするから、それを制止しなければならなのである。
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