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AM 9:05 Temperature 25℃ Humidity 28% 晴れ October 10, '12(Wednesday)

 今朝は湿度も低く気温も程々で、正しく秋晴れといった感じです。

 馬場は、ベスト状態です。

 10月10日は、1964年の東京オリンピックの開会の日です。昭和39年です。

 当時私は、中学一年生で、バスケットボール部に入っていたときで、このときの日本中の子供が思ったように、将来はオリンピックに出たいものだと何となく思ったいました。

 とても良いお天気だったことを思い出します。

 本来は、体育の日として国民の祝日だったのですが、馬鹿な官僚が月曜日に祝日を移してしまって、その内何を記念として制定したか忘れられてしまうことでしょう。

 貧乏性の官僚が、考え出した軽薄なアイディアとしか思えません。

 日本が豊かになって、国民がもっと休みを取れるようにと考えて、祝日を月曜日に移してしまうと言う馬鹿な考えをしたもので、本当に国民の休みを増やしたいのであれば、祝日がある週の月曜日は短銃に休みとするように制定すれば、単純に休みの日が増えて、且つ記念日はそのまま後々の世に言い伝えられるということになるのです。

 浅知恵は、損をするし、それを政治家や官僚がそうだと国全体が損をすることになるのです。



 「自分の中の司令官」

 自分の中の司令官という存在を、意識することがあるだろうか。

 私は、子供の頃から、自分の中の自分とか、自分の中でものごとを最終的に決める脳とか、思うことと行動とのズレとか、好き嫌いと行動とのズレなどということを意識することの多い人だった。

 自分がそうだから、勝手に誰もがまたは大多数の人がそうだと思っていて、人は二重構造のメンタルを持っていると考えて、今に至って成長してきたように思う。

 つまり、自分の中に司令官がいて、ものごとを感じたり感情的になったりまた考えたとしても、その司令官が最終的に結論を出したり決断をしたりすると思うのである。

 その司令官の存在を意識しようがすまいが、誰にでもいるもので、感情や考えや好悪などと言動がずれたり一致したりするのは、二重構造の意志決定システムを持っているからなのである。

さて今日は、その司令官の話である。

 司令官は、あらゆる頭脳も含む体のパーツで受け入れた情報を、記憶として残したり捨て去ったり、この情報に基づいて行動をしたりしなかったりするために、解釈したり判断したり決断をする。

 つまり良いことも悪いことも、この司令官の責任下で創出されているのである。

 従って、自分の中の司令官の存在を認識していない人は、認識する必要があって、認識すれば、自分がものごとを判断したり決断したりするシステムを、チェックすることを認識していなかった人ができるようになるのである。

 自分の言動を正したり成長や上達をしたりしたいと考えて、訓練をしたり知識を広めようと本を読んだりして、知識が広がったり上達したり成長したりできると考えがちだが、それは叶わないのである。手足を訓練したところで、手足が上手に動くようになるわけではないのである。

 本を読んだりフィジカルをトレーニングしたりしたとしても、司令官がどのように受け止めたかどのように解釈したのか、そしてそれを良いと思ったのか悪いと思ったのかということが、その後の言動に大きく左右するのであって、体のパーツや頭脳をどんなに訓練しても、司令官がそれを良しとしなければ、行動として現れることはないし、頭でどんなに考えてもアイディアを出しても、司令官が発令を出さない限り行動として現れることはないのである。

 私は、最近自分の中に存在する司令官の存在に、多くの人は気付いていないことを知ったのである。

 司令官の存在に気付いていないから、直接的に脳やフィジカルと鍛えようとするものの、その成果が乏しい結果しか出せないのである。

 司令官は、脳やフィジカルで感じている情報ややろうとしていることについて把握する必要があり、司令官の存在を認識していない人は、手足の動きや脳で考えられていることを、把握しなければならないという意識がない。意識がないものだから、把握していることもあればないこともあるということ自体に気付いてなくて、司令官が状況を把握していないのに発令してしまったり、司令官が発令していないのに勝手にフィジカルのパーツが行動を興したり、頭脳が考えたりしてしまったりして、統率が取れない行動になってしまうのである。

 人は誰でも自分の中の司令官を、認識する必要がある。

 そして、あらゆる行動は、その司令官によって最終結論を出して、その指令によって行われなければならない。
そのために司令官は、脳も体もそれらが持つ能力を把握して、足りなければこれを訓練し、またそれらの末端でどんな情報を掴んでいるかを報告させて状況を把握して、状況判断と脳やフィジカルが備えている能力とを考慮して、最善の方法を選択して発令する。

 司令官は、感情や得意不得意といったものを持たない。しかし、感情や得意不得意というものは、脳やフィジカルのパーツが持つもので、それらについて司令官は、脳やフィジカルが持つ能力や癖や特徴を把握する必要がある。

 行動をしている最中でも、脳やフィジカルで感じている情報や感情を的確に把握する必要があって、感情や感覚情報によって勝手にフィジカルが行動を興してしまわないように対応しなければ目的を果たすことはできない。

 例えば、不安を感じているとしたら、自然にフィジカルにそれを防御しようとして力が入り硬直が起きる。そしてこの硬直によって不安が増長されて、負の循環が始まってしまうから、司令官は、脳が不安を感じていることを把握して、某かに掴まったり動きを止めたりして対応策を講じ、負の循環を興さずに不安を解消するようにする。

 ところが司令官が、機能しなかったり、司令官の存在を認識していなかったりする人は、負の循環をどうしようもないことと受け止めるか、諦めるかしか思い浮かばないのである。

 また、某かが改善されて好転したと思いたいという感情を持っているとした場合、司令官はこの感情を把握する必要があって、その感情と現状が一致する必要があったとしても、その感情を満足させるには現状に於いて客観的に論証できなくてはならないと司令官は考えるが、その司令官を認識していない人は、証明できなくても改善したいという感情が強いと、その感情に押し流されて勘違いをしてしまうのである。

 またその逆に、感覚的には上達したという達成感がないのに、結果として優勝したりそれなりの評価を受けたりすると、危機感を感じないので、そのままに甘んじる。

 司令官は、感覚的に上達していないことを把握しているし、危機感を感じないということも承知していて、しかし、司令官の存在を認識していないから、上達するために今以上の訓練をするとか別の訓練法を選択するとかいうことを選択しないし、現状の結果や評価に甘んじることを良しとする。

 しかし、司令官の存在を認識していれば、少なくても上達の達成感がないことも、危機感がないから現状に甘んじることを選択していることも、司令官が把握して、やがて訪れる危機感や本来の上達を目指すために、最善の方を選択するという発令をすべきだということになる。

 世の中の全てのものは、臓器がほぼ二つあるように二重の構造を持っていて、脳や身体のパーツで感じたり運動したりするその後方で、脳幹がそれらの神経作用を発令して、コントロールしているが、脳幹の後方で全てを総括してコントロールする総司令本部があって、その総司令本部に総司令長官が存在しているのである。

 この総司令長官は、体の細胞に大きく影響されるが、それらの細胞をコントロールする機能を持っていて、相互互助の関係を持っているのである。しかし、多くの人はこの総司令長官の存在を認識しないので、直接フィジカルを訓練しようとしたり脳を訓練したりしようとするし、インストラクターや指導者と呼ばれる人達も、生徒のフィジカルや頭脳を訓練しようとするから成果が上がらないのである。

 総司令長官の存在を認識して、その司令長官が脳を含めたフィジカルの末端が持っているあらゆる情報を把握して、相互的目的を達成する最善の方法と覚しき選択をして、行動をコントロールすべきなのである。
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