FC2ブログ

Arena Condition

AM 9:55 Temperature 32℃ Humidity 36% 晴れ September 10, '12(Monday)

 今朝も日差しが強いです。こんな年は、秋が短くて、一気に寒くなってしまうのかも知れません。

 暑いときは、涼しくなって欲しいと思い、寒いときは早く暑くなって欲しいと思うもので、本当に人間は勝手なものですが、カルフォルニヤやハワイなどの常夏といわれるところや一年中春の陽気の国の人々は、どのように思うのだろうか。やはり、冬や四季が欲しいと思うのだろうか。

 馬場は、ベストコンディションからやや乾燥状態にあります。

 明日の夜には雨マークがあるので、水は撒きません。



 「評価の基準と被害者意識」

 人は、常に何かにつけて判断や解釈をして、ものごとを認識するものだ。その認識で、自分の行動や信じるものや信用しないものや好き嫌いが決まる。

 また人は、被害者意識を持つことがあって、人によっては被害者意識を持ちやすい人とそうでない人がいて、被害者意識を持ちやすい人は、あらゆる生産性や進歩を妨げる。

 判断や解釈には、何らかの判断基準や評価基準があって、その基準は自分自身の力量や見識のレベルであって、意識としては絶対評価をしているように錯覚しやすいが、実際に絶対評価できる人はいないし、絶対評価に近づけることができる人はいるが、それは自分の技量が高いかどうかではなくて、ものごとの評価をするときに必ず自己評価を同時に行ったり、自分で評価したことに対して、必ず自分の力量が判断基準になっているという認識を持ったりするかどうかで決まる。

 評価とは、その人の主観であって客観ではない。

 客観性に近づけることは自分の見識や技量を高めて、ものを見る目を養わなくてはならないが、そのものを見る目を養うためには、自分の力量が評価基準になっているという認識を持つことが、欠かすことができない要因である。

 自分の力量を絶えず客観視しようという意識がなければ、自分の力量を高めることはできない。自己採点を低めにする必要はないが、ものを見る目は自己の力量というフィルムを通してみているという認識が必要で、もののレベルが低いとか高いとか、何処に欠陥があるとかないとかのような判断や評価をするとき、自らの力量が低いからレベルを高く評価しすぎたりその逆だったり、また欠陥と感じたりそうでなかったりしているのではという疑問符を持てるかどうかで、自分の評価の正当性を高めることができるかどうかが決まり、自分自身を洗練したり訓練したりして、技量や識見を向上せしめることができるかどうかも決まるのである。

 しかし、自分で下した判断や評価を、絶対値のように認識する人、または絶対値か相対値かという疑問符さえ抱かない人は、自己評価もまた同様に評価をして認識するから、慢心が起き、慢心すれば益々自己評価が客観性を失うので、必要な訓練や洗練と違った選択をして、ドンドン道が逸れ向上や進歩から遠ざかってしまう。

 一方、被害者意識もまた同じような道筋を辿って、進歩や向上を失うだけでなく自分の生きる場所を失う羽目になるのである。

 人間は誰でも自分以外の人と関わって生きているから、被害者になったり加害者になったりすることがある。しかし、このとき認識として加害者意識を持つのか被害者意識を持つのかによって、その後の行動は全く正反対の方向性を示す。

 事態を生産的に解決したり進歩せしめたりするには、自己啓発によってなすのか、他者の変革によって達せられるのかという判断は、そのことの客観的要因で決まるのではなくて、被害者意識でものを見るのか、加害者意識でものごとを捉えるのかで決まる。

 被害者意識でものごとを見れば、加害者である誰かがことを改める以外に事態を収拾する術がないという認識を持つ。一方加害者意識でものごとを捉えれば、加害者が自分だから、自分の行動一切を見直したり、自分自身の技量や見識を検証したりして、自分の欠陥や加害要因を見つけ出して、事態が収拾するまでその作業が続き、事態が収拾したときに変革しているのは自分自身ということになり、収集した時点において相当に洗練や訓練された自分自身が誕生していることになる。

 被害意識の人は、事態が起きた時点つまり今のことであるが、とても容易な人生を送れるように一見見えるが、その場の全員が被害者意識を持てば、絶対に事態が収拾することはあり得ず、一人でも加害者意識を持てば、その人のリーダーシップによって事態が収拾されて、優れた人はその只一人加害者意識を持った人だけということになる。
 
 評価の基準に自分の力量が存在していることに気付かず、評価に何ら自己批判の芽を持たない人、被害者意識でものごとを見てしまう人は、世の中を後退させ、先頭を走る人の足を引っ張り、とどのつまりは戦争を起こすのである。

 日本が太平洋戦争や日中戦争を起こしたのも、全ては日本の被害者意識から始まって、イギリスやアメリカは、被害者は装ってはいるものの、加害者意識を以て戦争をコントロールしたのである。

 そして今の中国や韓国を見て、我々はどう思うだろうか。
 ことある毎に、日中戦争の時の被害を誇張して、あるときは創作や捏造までして、自国民の意識を被害者意識として養成している始末で、他の世界から見れば、これほど見難く、その姿に何ら生産性がなく進歩も向上もないように見えるに違いない。

 世の中を支配しているものは、加害者でありその意識を持つもので、自分の判断や評価に疑問符を抱かない人は自己啓発ができず、その自己啓発のできない人は被害者意識を以て、自分の周りの人を加害者に仕立て上げて、責任逃れをして、他者の中傷誹謗に明け暮れて、世の中の発展や進歩を妨げる存在として生き続けるしか能がないのである。

 面倒くせぇ
スポンサーサイト



プロフィール

eldorado ranch

Author:eldorado ranch
eldorado ranch
Arena Condition

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブックマーク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カレンダー
08 | 2012/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード