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Arena Condition

AM 9:40 Temperature 34℃ Humidity 29% 晴れ August 27, '12(Monday)

 今朝は、気温が高いものの湿度がこの夏一番低いです。かといって体感として、湿度の低さを感じるほどではありません。

 馬場は、大会後の荒れた部分を修正して、平らに均しましたが、とても乾燥していて、砂浜のような状態です。

 当分雨がなさそうなので、明日にでも水を撒きたいと思っています。


 大会本当に暑い中、参加選手を始め関係者の皆さんお疲れ様でした。

 結果はどうあれ、それぞれの方々に何かを与えてくれるのが大会です。誰もが怠りなく感じたことを確かめて、そのことと正面から向き合って、精算してみては如何でしょうか。




 「高みに登るために」

 高みに登るための方法は沢山あって、人それぞれにその方法を選択して登ればいいことであり、選択したことを他人がとやかく関与することではない。
 問題は、高みに登ろうとしているのか、そうではないのか、なのである。

 そして10人の人がそれぞれ違った方法を選択して取り組んでいることによって、互いにその成果や特徴についてディスカッションして、ベストな方法を競い合うことが何よりも重要で、高みに達する道の最短でベストな方法が称賛される社会こそが望ましいのである。

 それをとやかく非難することは、他人の足を引っ張るような行動であり、もっとも恥ずべき行動なのである。

 「良いものは、良いのである」

 高みに登るということは、今簡単にできていると思っていることの精度をより高めることにあると思うのである。普段何気なくやっていることに満足しているのでは、高みに登ることはできない。
 従って、できないことへ無理して挑戦することはないし、努力も必要ないし、他人の助力を求めることも独自でやるかどうかも、枝葉末節なことでどうでも良いことなのである。

 要は自らのスキルを高めて、色々なジャッジメントができて且つそのジャッジメントによって対応でき、より高度な成果を創造できるかどうかにかかっているのである。

 「良いものは良い」という道を歩むことを妨げる要因は、あげたら切りがないほどあるのかも知れない。

 高慢、見栄、恐怖、嫉妬、嫌悪、正義感、良心、などがあげられる。

 自分なりに自立した考えによって、高みに登るための方法を選択しているのであれば、例えそれが他人から見て明らかに間違っている方法だとしても、第三者がとやかく非難すべき問題ではない。しかし、第三者がみて、正しい方法をとっているとしても、それが自分自身で決めたことでなかったり自分自身が良い方法だと思っていなかったりすれば、否定されるべきものなのである。

 多くの人が存在して、それぞれが良い方法だと思っていることが違えば、その意図するところを、良いものは良いという理念のもとにディスカッションすることができるし、そのディスカッションによって、より良い方法を発見できれば、更なる飛躍を望むことができる。
 しかし、それぞれが自分の選択している方法がベストだと思っていて、その思いが、他人の選択している方法を非難するということになれば、ディスカッションすることはできず、非難する方に間違いがあっても、選択した方法に間違いがあっても、互いに気付くことはできないのである。

 誰でもが自分のやっている方法に、絶対の自信を持っているわけではない。
しかし、自分の心情に良いものは良いという精神が宿っていれば、今自分が正しいと思えることに、自信を以て取り組むことができるし、どんなに自信を以て取り組んでいたとしても、より良い方法を誰かがとっていると思えれば、またより良い結果を出していると思えれば、そのことから心を開いてフレキシブルに学ぶことができるのである。

 ある人が、こんなことを言ったらしい。

 「自分の馬を持ったからといって、上達するとは限らない。」「何故ならAさんは、馬を持っているのに上達しているとは思えない。」という理屈らしいのである。

 しかし、そのAさんが馬を持っていなかった場合の上達の結果を見た人はいないのである。
勿論この人は、Aさんが上達しているかどうかを論じているが、本心は自分が馬を持たないことを正当化しようとして、類例をあげているに過ぎないのである。

 「良いものは良い」という理念は、誰もが選択できるのであるが、誰もができると思っていないのである。
それは経済的であったり、地域性であったり、環境であったり、設備であったり、思想心情であったり、その妨げとなっている要因を外部要因に求めがちだ。そしてそれを正当化しようとして、「良いものは良い」という理念を気軽に放棄してしまうのである。

 しかし、そんな外部要因は何ら作用してるわけではなく、自分が良いものは良いという理念を放棄しているから道を誤ってしまう原因を作り、更にその誤った選択や解釈を正当化しようとして、良いものは良いという理念を放棄するのである。

 犯罪を隠蔽するために、更に犯罪するのと同様の連鎖が起きるのである。

 全く心の貧しい話なのだ。

 目的を果たすために、障害物にぶち当たる。また障害物だと認識するものにその道を閉ざされたという認識を持つ。 このときにその障害物を取り除くことを意図するため起きる現象なのである。

 もしどんな障害に差し掛かったとしても、目的を達成するための要件を全うしようとすることを目指すならば、良いものは良いという理念を堅持して方法や要因を見失うことはない。しかし、障害をとなる要因を取り除くために一旦目的を横に置けば、良いものは良いという理念を放棄して、自分の選択した方法以外の選択を否定して、自分の選択の良否について冷静に判断することができなくなってしまうのである。

 要はどんな選択しているかが問題なのではなくて、良いものは良いという理念のもとに選択をしているかどうかなのであり、どんなことを選択したとしても良いものは良いという理念に基づいてしていれば、例え間違った選択をしていても、正しい選択をしている人を見ればそこから学ぶことができるし、より良い結果を出している人がいればその人の選択から学ぶことができ、時間的経過の中で、何れ正しい選択をするように軌道修正されるのである。

 しかし、自分が結果や目的を果たすべく結果より選択する方法に拘れば、つまり良いものは良いという理念を放棄することになって、高みに登ることを気付かずに放棄していることになるのである。
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