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AM 10:05 Temperature 23℃ Humidity 42% 晴れ June 14, '12(Thursday)

 今朝は、今のところあまり気温が高くありませんが、これから高くなりそうな感じです。

 今のところ馬場は、あまり良い状態とはいえませんが、お昼頃までには、やや重状態ぐらいになって、午後3時ぐらいまでには、完全回復となることでしょう。


AM 10:40 只今ハローを掛けたところ、奥の1/3ぐらいは重馬場で、 2/3ぐらいは、やや重状態です。

 お昼頃には、大分回復して、昼過ぎには全面快復することでしょう。



 「道標」
 
 古くから人間の知恵で、「道標」というのがある。建物の中にはサインボードというのがあって、一般の住宅にはないが、デパートやオフィスビルには、何が何処にあるかを指し示すように、サインボードがある。
 
 つまり目的地へ行くために、岐路で左右どちらに曲がるべきかそれとも直進かを、指し示しているのである。
 
 しかし、我々の人生には、誰かが親切に道標を置いてくれたとしても、それは参考になったとしてもその人のものであって、自分とっての道標とはならないから、厳密にいうと自分の人生には道標はないのかも知れない。
 
 同じことの繰り返しはなく、毎日同じものを作っている職人に聴いても、一つ一つ違うし、同じものを作れたことはないという。従って、毎日違う道を歩いているわけで、同じ道を二度と通ることはないのであろう。
 
 道標は役に立たないし、道標そのものがないのである。
 
 しかし、我々は道標を、通ったことのない道に道標を立てることができる。
 
 人生の概念として、何処か目的地へ行くことのように思って、道に例えることが一般的で、道という概念で人生を考えると、道標は存在しないし、誰かが既に同じ道を辿ったことがあって、道標を立てたとしても、それはその人のものであって自分には参考になったとしても、自分の人生の道標に足るものではないということになる。
 
 私は、道という概念で人生を考えるのは間違いなのではないだろうかと思い、人の人生の概念として、地球の自転のような天体の軌道のようなものを想像すれば、毎日実は同じ所をぐるぐる回っているに過ぎないもので、そしてちょっとずつ軌道がずれていくようなものではないだろうか。つまり道標は、以前に通ったところを指し示しているものであって、違うところへ誘うためのものだといえるのではないだろうかということである。

 道標は、ある場所へ行くことを指し示しているものの、道標の存在意義は、違うところへ行くのを示唆しているのだ。だからこそ、毎日の出来事や体験や見つけたものを道標として記憶することによって、人は同じ所へ行くこともできるが違うところへいくこともできるのである。しかし、道標がなければ、同じ所へ行っても違うところにいったとしても、今の場所を特定できないし、新しい場所であれば特に今までの場所との距離を測れないからもっと特定できないのである。
 
 人の記憶は、道標なのである。
 
 毎日毎日同じ所をぐるぐる回って、記憶という道標を作る。そして違うところへ行きたいのであれば、道標を否定すればいいし、同じ所へ行きたいのであれば、肯定すればいいのである。従って、同じ所へ行きたいのに、道標を否定したり、違う場所へ行きたいのに、肯定したりしているのであれば、矛盾するから望んだところへは行くことができないのである。

 記憶を肯定的に認識すれば、同じ所へ我々を誘い、否定すれば、違う場所へ誘うのである。
 ここでいうところの肯定と否定とは、間違った記憶をしているのか正しく記憶しているのかをいうのではなく、記憶を思い起こして違う感触を得たいということであれば、否定したことになるし、記憶と同じ感触を得たいと思えば肯定したことになるという意味である。
 
 記憶は、感性を築き上げるのである。
 
 そして記憶は、感性を築き上げるためのものだという認識を持たなければならない。
 どんな記憶が残っているか、どんな記憶が残っていないのかは、今の自分の感性なのである

 しかし、記憶が全て感性になるわけではなく、五感で感じることを礎にして記憶しなければ、感性に影響を与えることはできないし、英単語の短冊を捲って記憶しても、感性が豊かになるわけではない。しかし、詳しくは知らないが記憶法というのがあって、色々な方法があるようだが運動したときに働いている脳の場所が同じらしい、つまり五感を働かせながら、五感とリンクさせながらものを覚えるのである。

 まだまだ科学は、脳の働きを解明しきっているわけではないが、大脳が主導権を握ってしていることでは、足したことはできず可能性も増えないということで、大脳で記憶した記憶は、道標たり得ないということは確かなようである。

 我々の人生は、地球が自転するように同じ所をぐるぐる回っているようなもので、その時々の記憶が道標になって、自分に自分の進むべき道を教えているように、五感に基づいて記憶したことを道標として、徐々に自転の軌道を変えるように新しい道を切り開くのではないだろうか。

 だからこそ、一瞬一瞬、一回一回、において何を感じたかを意識的に刻むように認識しなければ、自転の軌道を変えることも変えないこともできないのである。

 明日を創造するためには、今を、どんなときとして刻んでいるように感じているのかを自覚して、初めて可能になることであり、そうでなければ同じ所をぐるぐる回るだけの人生になり、無為に時を刻むということになるのである。


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