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Arena Condition

AM 10:00 Temperature 19℃ Humidity 65% 曇り June 12, '12(Tuesday)

 今朝は、19度しかありません。中々馬場が快復しません。声から雨が降ってくるようですので、乾く暇がないといった感じです。

 30℃近い日があったかと思うと20℃を切るような日があるので、体調を崩しやすいですし、梅雨時はカビも生えやすいし食べ物も腐食しやすいので、この季節は充分気をつけましょう。



 「本音2」

  ライダーが、自分の上達を気にせず馬が良くなることだけのために騎乗することは、日本の乗馬事情に於いては考えにくいことで、20年もの間ことある毎に言い続けたところで、誰も意に介してくれないのも当然といえることかも知れない。

  人は、何故悩むのでしょう。

  悩むとは、何とかしようと思ってそれなりにやっているが、すっきりと解決しないので、どうして良いか分からない状態に陥った場合や、岐路に立ってどちらを選択することが良いことなのか予想ができずに、決断しきれない場合などが考えられる。

  乗馬の場合における悩むとは、何らかの結果を得るためにやっていることに効果が現れない場合に、どうして良いか分からない状態に陥るということでしょう。

  この場合、後肢の踏み込みを深くしたいと思った場合、脚を使ってプレッシャーをかけて後肢の踏み込みを促すが、中々馬が反応してくれず、駈歩へ移行しても馬の反応が悪いので、これは後肢の踏み込みが良くないのが原因だと思うが、どうしてもそれができず思い悩むということだ。
  そして、自分の技量の無さを嘆いて、すっきりとした解決策が見つからないまま、同じようなやり方を続けるが解決せず、解決しないものだからついつい時間をかけ過ぎてしまい、長い時間同じことを要求し続けるものだから、馬の集中力が切れてますます反応が鈍くなり、末には馬が反抗的になってしまうのである。

  この場合、後肢の深い踏み込みを求めるという思いで、脚を使っているものの、何となくできた感じがしないので、ずるずるとつい長い時間をかけてしまうのである。

  根幹的な問題は、全てが抽象的で何処をとっても具体性がないということだ。
目標も、それができたかどうかも曖昧で抽象的しかないのである。

 後肢を深くとは、何を以て深いというのか、何を以て浅いというのか具体性
がないということであり、つまり相対的目標設定をしているということで、深いかどうかではなくて、何処までステップさせたいとかというように具体的な絶対値として目標を設定しなければならず、深く踏み込ませることができたかどうかをジャッジするにしても、深いということが相対値だから自分の感覚でしかなく、できてもできなくても全てが何となくで、曖昧なのである。

 つまり、目標設定が相対値として設定しているためとても曖昧だから、できたかどうかの判断もまた曖昧になってしまうのである。

 何故抽象的になってしまうかは発想の源が、自分が上手くなりたいということで、上手くなりたいという目標を持つ発想そのものが相対値なのであり馬の後肢を深く踏み込ませたい、そして深く踏み込ませられるような自分になりたいというところが問題なのである。

 本来は、馬を良くしたい。良くするために、後肢の踏み込みを深くしたいとは発想しないのである。後肢をここまでステップさせたいと発想するのである。つまりどんなことを目標にしようとする場合でも、必ず絶対値として設定するのである。

 つまり、馬を良くするとは、相対的目標ではなくて、絶対値としての目標を掲げることなのであり、後肢を深く踏み込ませるのではなくて、外方後肢をここまでステップさせるという目標にしなければならないのであり、絶対値を目標に設定するから、ジャッジメントも何となくということではなくて判断がぶれることはなくなるのである。できたかできなかったかというようにはっきりするのである。

 そしてできが悪い場合でも、悩むという思考停止状態に陥るのではなくて、具体的どのようにできないのか、何処までステップしたかしていないのかというように、絶えず具体的な絶対値として結果を判断するようになって、できてもできなくても、はっきりとその結果を判断でき得るから悩むというようなことは起きないのである。

 上達するとか上手くなるとかいうことを発想するときに、何を以て上達ということなのか、どんなことがどんな風にできるようになることが上手くなるということなのか、希望や夢などの情念の世界を、目標とする場合に於いて、必ず相対値として設定することなく、絶対値としての目標として設定するように翻訳する必要があるのである。

 私は、上手くなりたい、あんな風になりたいと思うが、実際に練習を始めたり訓練したりするときに、そのように思っていることはなく、具体的にできるようになるために何をすればいいのか、コアとしてどんなスキルが身に付けば目的が適うのかを考えて実行するのであり、必ず目標とすることは絶対値であり、相対値であってはならないと考えているのである。

 以前に、この世に絶対はない。全て相対的なものとして存在しているということいってきたし、今でもそう思っているが、絶えず絶対値を求めるという意識を持たなければならないこともまた真理なのである。
 そうでなければ、全てが想念上の世界でしかなくなってしまうのであり、何らかの座標軸を以て、その基準値からの距離を絶対視しなければ、絶対値から最も遠いところに存在する人間の認識や感覚に客観性を持たせることができなくなってしまうのである。

 絶対値とは、ある前提条件下での絶対値であり、在る領域を限定した範囲内での絶対値なのである。しかしその前提条件や限定した範囲の外から見れば、全てが相対値となるということなのである。

 要は、馬を良くするために馬に乗るのか、ライダーとしての腕を上げるために騎乗するのかが問題なのではなくて、絶対値として目標を設定しているのか相対値として設定しているかが問題なのである。

 目標を絶対値として設定しやすくするために、対象となる馬を調教して良くするということを目的にした方が、ライダーである自分を上達することを目的にすることよりも鮮明に、具体性を持ちやすいからなのである。

 ライダーでも馬でも良くしたい上達させたい対象がどちらでも良いのであり、それらの目標が絶対値として設定できているのかどうかが重要で、例えば馬の後肢を深く踏み込ませたいでも、それをできるようになりたいでも、一向に問題ではないが、深くということが極めて問題で、深くではなくて、ここまでステップさせたい、させることができようにでも、目標が絶対値であれば結果に対する判断も具体性を持ち曖昧にならず、実行しながら絶えず絶対値として設定した目標に照らして、状況判断を怠らなくなるのである。

 目標を曖昧な相対値として始めは誰でも想定するものだが、より合理的に目標を成し遂げるためには、相対値としての目標を絶対値として設定し直すことが必要不可欠なのである。

 誰でも、最初は相対的にものを眺めるもので、希望も夢も相対値として曖昧に抽象的に持つものだから、夢を叶える人は、その相対的目標を絶対値としてのものに置き換えるように翻訳する作業を必ず怠らないのである。


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