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Arena Condition

AM 9:00 Temperature 22℃ Humidity 46% 晴れ May10, '12(Thursday)

 昨夜は、一時的な雨があって少し雷もありました。

 隣の東金は、バケツをひっくり返したように降ったらしいですが、ここはほんの一時で、とってもいいお湿りになりました。

 従って、馬場はベストコンディションです。



「自分の居場所」

 私は、臍が先天的に曲がっているので、ものの考え方や見え方が人とは違うようなのです。

 腕を動かそうと思ったら、腕以外の体を動かすか止めるかによって、腕が動くようにと考え、仕事でも、なるべく一生懸命にしなくても、一生懸命やったのと同じ成果を上げるにはどうしたらいいかを考え、親切にしなくても親切だと思われる方法はないかとか、精神を集中してやらないとできないことは、なるべく普段から精神を集中しないでやるように、忘れても忘れ物をしない工夫をしようと思うのです。

 一ついいところは、どんなにサボったり省略したりしても、結果としての成果には妥協しないという点で、省力に省略を重ねても、結果については妥協しないから、結局省略してはいけない最低限のことが見つかるのです。

 私の中に一貫していることは、成果については妥協しないということと、コツやとても大事な要素だと思うことほど、省略したいと考えるということです。

 何かヒントとなったことで、飛躍的に良くなったり、一つの要領を掴んだことで、画期的に上達したりした場合、そのヒントや要領を、直ぐに捨てて同じ成果や結果を、引き出せないかと考えてしまう癖があるのです。

 これまでの人生で、このことで損をしたり失敗したりしたという思いを持ったことがありません。
 むしろ、このことで本当に、省略してはいけないことや、無視できない要素や、無視できないプロセスに気付くことができるのです。

 従って、成功や勝利が、後々の人生において災いになったという経験がないのです。

 ビギナーズラックや実力以上の成果で、優勝したり評価を得たりしたときに人によって、後々伸び悩んだり同じような成果を上げられなくなったしまったりして、第三者から見ると優勝や実力以上の評価によって、そのことが後々災いを成しているように見えることがある。

 それは、実力以上の評価や優勝したりして、周りからの見る目が気になって、自分がこんなこと知らないなんてみんなに知られたら恥ずかしいとか、こんな基本的なことができないことを知られたくないとか、自分の考える周りの人が持っている自分に対する印象に縛られて、そんな殻を打ち破ることができなって萎縮してしまうのです。
 
 全く馬鹿馬鹿しい話なのですが、しかし他人はそれほど自分のこと気にしていないのに、自分で他人が抱いている自分に対する印象を勝手に想像して、その印象に拘束されて、その印象を逸脱することができなくなるのです。

 何か知識を得たときでも、その知識を得たことによってあることが理解できるようになったとしても、直ぐに想像することは、そのことを知らなかったら、このことをどんな風に自分が理解するのだろうかと考えるのである。

 こんな考え方をするものだから、やり方を知りたいと思うことはとても少ない。ものごとに出会ったときに、どんなメカニズムで成り立っているのかとか、どんな要素で構成されているのかということを知ろうと思うのです。

 ものごと知らないと、今の自分で考えられる範囲で、理解したりやり遂げたりしようとするから、色々と失敗しながらやっている内に、知識を得ないでものごとに挑戦することは、如何に自由に発想することができるかを実感することができ、その逆に知識は、如何に自由に発想することを妨害するものだということを発見する。

 一般的には、知識がなければ、選択肢がないといわれている。本当にそうだろうか。
 何故、子供は突飛な発想をしたり、自由な行動をしたりするのだろうと考えれば、知識がないから柔軟な発想をして、ものごとの不思議さや当然さを感覚的に実感できるという根拠を知ることができるのです。

 自分は、それについて何も知らないから、できないとか、ある技術がないからそれができないとかいう常識に囚われて、そんなことを知らなくても技術がなくても、今の自分でできるのではと思うことが大切なのです。

 知識や経験は、今の自分を拘束するだけのもので、むしろ自分の可能性を否定しているだけにしか役立たないものなのです。

 挑戦は、現在ある常識を逸脱することなのです。

 人が商売を始める時に、親兄弟が反対をする。何故なら、まだ挑戦して成功したという実績がないことを踏まえれば、常識的に失敗と成功の確率を見れば、当然失敗の確率が高くなるに決まっているのです。
 
 絶えず新しいことは、現在の常識や見識で推し量れば、否定的に見えるものなのです。

 それは社会的に発見とか発明とか評価されるようなことではなくて、自分の日常的なもの考え方やものごとに対する向かい方もまた、今の自分の常識であり知識や体験に基づいたものなのです。従って、上達や進歩をしたいと考えたときに、最初にしなければならないことは、今の自分を縛っている知識や体験、特に成功をもたらしたときの要素だと思っていることを、疑うことから始めることが手っ取り早い方法なのです。

 つまり、多くの人は何故、飛躍的に進歩したり画期的発見をしたりできなくて、極少数の天才といわれる人だけができるのだろうか。
 それは、それまでの自分を形成している知識や経験によって、拘束された発想をしているからで、そんな知識や経験は今を形成するのに役立っただけのことで、明日を形成するのには邪魔でしかないのです。

 そんな知識や体験がないとしたら、自分は今向かい合っていることを、どのように理解してどのように克服しようとするのだろうと想像するだけで、ワクワクするのではないでしょうか。

 今の自分を形成している知識や体験や、自分が信用している世間一般の常識を、発見し直すことが必要で、このことは自分が纏っている鎧甲を知るということなのであり、どんな鎧甲を身につけているかを知れば、これを脱ぐこともでき、脱ぐことは同時に新しい自由な発想をすることができるということなのです。

 丸裸になるには、着ているものを脱ぐことが必要なのです。元々裸であれば、脱ぐことは必要でありませんが、一旦どんな薄い衣でも身につけてしまえば、脱がなくてはなりませんし、着ているかどうかも分からなくなってしまうほど一体化しているものほど、脱ぐことは容易くありません。

 丸裸になるには、着ているものを知る必要があります。いきなり新しい自由な発想をしようとしても、できることはありません。

 重要なことは、自分にとってとても大切で重要なことだと思っている拠り所を、打ち捨てることが重要なことなのです。
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