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AM 9:35 Temperature 20℃ Humidity 59% くもりのち雨 April 26, '12(Thursday)

 今朝は、曇っていますが風が少々あります。お昼頃から雨が降るとのことです。

 馬場は、やや重ぐらいまで快復したのですが、今日降ってしまうとまた悪コンディションになってしまいそうです。

 

「正しくやっているのに、上手くいかない」

 「自分は、正しくやっているのに、上手くいかない。」
 「正しくやろうとしても、中々正しくできないから上手くいかない」

 上手くいかないときに、上記の二つのケースが頭に浮かぶ。

 正しくやっているのに、思っているように結果がいかない場合や、どうしても正しくできないから、結果的に上手くいかない場合の二つのケースがあるのではないだろうか。それに正しい方法が分からないので、上手くいかないというケースもあるのかも知れない。

 この3つのケースのキーワードは、正しい方法ということである。

 「正しくやっているのに、上手くいかない。」という場合は、もう一度正しい方法ということを考え直す必要がある。つまり、正しい方法と正しい結果との因果関係を考察してみる必要があるということで、正しい方法をやれば、絶対的に正しい結果が導かれるものなのかという疑問である。

 正しい方法と正しい結果が絶対的だと考えると、結果が正しくないわけだから正しい方法をやれていないということになり、正しい方法が絶対的でないとすれば、正しい結果を引き出すためには、今認識している正しい方法と考えているだけでは足りないということで、正しい結果を導くには、正しい方法と考えていることに何らかのことを補足して、本来の正しい方法を駆使しなくてはならないということになる。

 従って、正しい方法といえることができていないという点においては、正しい方法が絶対的であってもなくても、正しい方法を駆使できていないということになるから、正しい方法は絶対的に正しい結果を生み出すということであり、今正しい方法と考えていることが間違いで、本来の正しい方法に考え直さなくてはならないか、正しい方法ができるようにならなくてはならないかということである。

 正しくやれているのに、結果が正しくないということは、今考えている正しい方法が正しくないということになる。何故なら今考えている正しい方法では、正しい結果が生まれていないわけだから、補足しなければならないことがあるとすれば、補足された方法が正しい方法であって、正しい結果が導かれない方法は、正しい方法とはいえないのである。

 また、正しくやれていないから、結果として正しいものを導くことができないというケースは、正しい方法と考えるべきことを良く理解することが必要で、何が正しいのかを知るべきで、やれていないことを反省したところで、成功を生み出すことには繋がらないのである。

 つまり、どうも上手くやれていないという思いが実感から生まれているわけではなくて、結果から正しくやれていないという認識を持っているに過ぎなく、実行しているときに感覚的にどの部分が上手くやれていないという感触を得ているわけではないということである。

 結果を見て正しくやれていないという判断をするなら、正しくやれているというのはどういうことなのかという疑問を持つのが自然であり、結果のみから判断しているだけでは、現況を脱することはできない。

 事実というのは、どんなケースであろうとも結果が良くないのであれば、正しい方法を駆使できていないことには変わりがないわけで、正しい方法とはどういうことで、その正しい方法を実行できるということは、何を以てできるといえるのかについて疑問を持つのが自然な精神的動向である。

 しかし、問題は、結果が思うようでないにも関わらず自然に湧きあがる筈の疑問が生まれないということなのである。

 思うような結果が生まれないということは、どのような問題点があるのか、このときできていない点や不味いことなどを列挙しても、成功へとは繋がらないわけで、問題点とは正しい方法を駆使できていない点を洗い出して、その点を正しくやれるようにするためにどんな工夫をすればいいのかを、探究するということである。

 中には正しい方法を知らずにものごとに挑戦する場合もあり、正しい方法を知っていても知らなくても、できていてもできていなくても、結果において正しいものが導かれないのであれば、結果を誘導できる方法を駆使できていないと考えるべきで、そうであれば正しい方法とはどんなことなのかという疑問が湧きあがるのが当然で、正しい方法がどの時点で理解できるかが問題ではなくて、正しい結果を導き出そうという意志がある以上は、この意志が生まれた時点で正しい方法とは、またその正しい方法を実行できるとは、ということを探究する方向性を持つ思考が想念されなければ、人間が考えることができる知能を持った意味がないのである。

 正しい方法を知るとは、正しい方法を正しくできるようになって、思い通りの結果を導くことができて初めて可能になることで、結果を導き出せる技術を習得したときに初めて正しい方法を理解できるのである。

 しかし、多くの人はその技術を身につけたときに正しい方法を知ることができるのに、技術を身につけたときには次なる課題に向かってしまって、できた正しい方法を理解しようとしないので、ものごとを成就できないときも正しい方法とはという疑問を持つのが自然なのに、そういう探求心を持たずに只失敗を繰り返すのみなのである。

 人間は、考える葦である。ということは真っ赤な嘘なのである。
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