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AM 9:15 Temperature 10℃ 快晴 March 13, '12(Tuesday)

 とても良く晴れましたが風が少々冷たいです。

 馬場は、完全回復です。久々に騎乗できるようになりました。

 お時間のある方は、是非心置きなくレイニングが楽しめると思いますので、是非お越しください。

 馬場は、ベスト状態です。



 「絶対値とは?」

 先日誇りとして持つべきは、相対値としての力量ではなくて、絶対値としての力量を誇りとすべきであるということを述べました。

 しかし、実際に我々の生きている世の中に、絶対値という存在はないのです。

 温度も位置もスピードも五感の臭いや味も痛みも重さも堅さなども、何一つ例外なく絶対値というものは、存在しないのです。

 位置についても座標軸に対比して、位置を特定しているのであり、スピードもまた同様で、300km/hで走っている新幹線に乗っている人が、時速4kmで歩いているのを、新幹線の外にじっと立っている人から見れば、時速304kmで動いていることになるが、同じ新幹線に乗って座席に座っている人から見れば、時速4kmで動いているようにしか見えないということなのです。

 アインシュタインが相対性理論を説いたのは、絶対値という存在を否定している理論だということもいえるのです。

 何故、折角相対的誇りを捨てて絶対値としての誇りを持とうと思ってくれた人は、再び迷い道に入ってしまうではないかと、反論するかも知れない。

 つまり、人間が絶対値だと認識することと、相対値として認識することとの違いは、比較対象とする相手が簡単に特定できるか、特定できないほどの範囲としているかのだけのことなのです。

 比較対象が、特定の人であったり所属しているグループだったり、住んでいいる地域だったり国だったり、記録だったりすれば、実際に特定しやすいから相対値だという認識を持つが、何かができるとか理解や解明ができるとかのような場合は、比較対象となるものが特定し難いので絶対値だという認識を持つが、できるとできないとの境界が特定できているという錯覚があるので、そうなるのであって本当はそうではない。
 できないことができるようになるということはなくて、できることが更にできるように伸展しているのを、ある領域を越えて結果を出すことができると認識に繋がり、絶対値にように勘違いしているに過ぎないのです。

 何かができるということもまた相対値でしかないのです。

 絶対値を誇りとすべしということを、正確にいえば、比較する対象物を特定し難い相手と比較するようにして、その力量を誇りとすべしというべきなのです。

 また、実績としてこれまでに成し遂げてきたことを誇りとすることも、相対値としての力量を誇りとしていることと同様のことで、過去の自分を誇りとすることのないようにして、今の自分に誇りが持てるような信条を持つべきなのです。

 人間の尊厳は、今が一番重要なのです。
 どんなに年老いても身体の自由がきかなくなったとしても、今の自分に誇りを以て生きることができなければ、心身を健全に保つことはできないから、身体もまた病気になってしまうのです。
 例え、心身が病魔や老齢化して自由がきかなくなったとして、過去の実績ではなくて、今の自分に誇りが持てさえすれば、心が病魔に冒されることはないのです。

 つまり、人は年を取れば、必ず作った力量は失われ、できたこともできなくなるように、生まれてこの方一生懸命作ったものは、最後には全て失われるものだから、作ったものに誇りを持ったところで、死ぬときは誇りを失ってぼろぼろになって何の幸福感も満足もなくなってしまうのです。
 従って、今目の前に起きていることやあるものを、どのように見えているかを認識して、その風景に誇りを持つべきなのです。

 何故なら、今見えていると認識している風景は、今の自分の力量そのものだからです。

 つまり風景は、実際に風景が存在するから、そのように見えていると認識しているのではなく、自分の経験や能力があってこそ認識できているものなのだから、見えている風景は自分そのものなのです。
 従って、見えている風景が美しく見えたり、具に見えたり感じたりできることを以て、自分の誇りとすべしということなのです。

 そして相対値と絶対値ということもまた、比較対象とすべきは、今見えている風景を以てすべしということなのです。

 つまり、目の前にあるものが、事細かなところまで見えたり感じたりできれば、それが今の自分の力量や精神の強靱さや優しさを含めた能力であり、自分自身そのものなのだということで、難しく見えたり複雑難解に感じたりすれば、それもまた自分の能力の仕業であり、自分そのものを見えているものに投影しているといえることなのです

 もし、自分を知りたいと思ったときは、見えている風景を良く観察することです。

 何が見えているのか、見えているものが解れば、見えていないものを推測することができる。それが今の自分だということで、その力量を以て自分の誇りとするのではなくて、見えている風景から見えないものを推測しようとする心に誇りを持つべきなのです。
 見えていないものを見えているものから推測して、その見えていないものを見るには、更なる能力の研鑽を以て見るべしで、見えないものは能力の研鑽をせずして、見えるようにはならないのです。

 見えている風景を以て、自分を知るという心得を持つことができれば、未来永劫向上することが自然な振る舞いを以て叶うのです。その信条を持って人間の尊厳とするべきだと思うのです。

 何ができたりできなかったりする能力などというものは、所詮しがないもので、そんなものを誇りとすること次第が貧しい心の発するものだから、今見えている景色を以て見えないものを推測し、心身の研鑽を以てその見えないものを見ようという信条こそが、人間の存在意義であり尊厳に然るべきものなのであります。
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