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AM 9:40 Temperature 3℃ 曇り時々小雪 February 16, '12(Thursday)

 今朝はとっても寒く曇っていて、霧雨かなと思って良く見たら霧のような雪でした。

 馬場は、不良状態のままです。



「映画鑑賞」

 この2週間、雨や雪で馬場状態が悪くトレーニングができないものだから、毎日にように手当たり次第に録画した映画を鑑賞している。

 日本の映画や海外の映画を観ている。
 その見る映画の約80%は海外のもので、特にアメリカの作品である。最新のものもあれば古いものもある。

 日本の映画は、見ているのが苦しくなる。
何故なら映画館で見ているわけではないので、つまらなければ、傍らのパソコンでU Tubeの動画を見てしまうことになるし、その誘惑を我慢して見るから苦しくなるのである。
 日本の映画の99%は、つまらない。

 海外の映画も全て面白いわけではないが、日本の映画ほどつまらないものは少ないといっていい。好きなジャンルでないものや三流ではないかと思うものや嫌いな俳優の作品の場合も、日本の映画ほど見ているのに苦しいと感じることはないのである。

 何故なのだろうか。

 日本人の馬に乗っている姿や日本の政治劇場やテレビで行われているバラエティショーやニュースショーでも同じことが言えるのである。
 全く幼稚で、深さも重みも芸術的価値など微塵もないのである。
 大衆迎合の権化は、みのもんたの朝の番組である。最悪である。

 それなりに優れた水準の技術を身につけた人でさえ、この頃はAKB48を称賛してしまうのである。嘆かわしい限りである。

 邦画とアメリカ映画の決定的違いは、日本の歌謡曲とアメリカの音楽との違いでも同様のことがいえる。

 邦画は、脚本も監督もストーリーにばかり気を取られて、ストーリーを追いかけるか追いかけられるか、何れにしてもストーリーで映画を見せようとするだけなのである。
 一方アメリカ映画や優れた映画は、ストーリーの展開は飽くまでも、脚本や監督の作品の意図するところを、観客の心に訴えかけるためのBGMでしかないのである。
 だから、BGMも出てくるカーチェイスも海も山もストーリーも全ては、脚本や監督が観客に訴えたいもののために存在するのである。
 つまり、どんな三流映画であっても、二重構造になっているのである。

 これに比べ日本の映画は、平面的なのである。ストーリーが奇想天外であっても理路整然と謎を解いていたとしても、唯それだけなのである。

 「相棒」にしても「古畑任三郎」にしても「武士の一分」にしても、相棒を一番描いていないのが相棒であり、古畑の推理力の優れた点だけを描いて、だから何なのか、人間の犯罪心理の正体は? そして見栄と欲望とで犯罪が起きるというだけの領域を打ち破るような、脚本家や監督の葛藤が見えないのである。

 「武士の一分」にしても、人間の誇りを描こうとしているのだろうけれど、スーパーマンの盲目の武士でそれを描いたところで、何処に武士たる魂を、そして武士たる誇りと食うために捨てざるを得ない面子と飢えとの戦いではなくて、妻の操と武士の面目という処に着目したところが、既に三流といわざるを得ないし軽薄と断じざるを得ないのである。

 黒澤明の映画にだけは、二重構造でしっかりと描かれているのである。彼の映画には、出演者や監督や脚本家の他に映画の構成員として観客が存在していることが手にとって解るのである。
 正しく一流映画である。

 ところがである、海外の映画の大半には、この二重構造が当たり前のように存在して作られているのである。と言うことは、日常の生活において一般的にこの二重構造が基盤として、社会生活が成り立っているということなのではないだろうか。

 成人して、仕事を選択したり生き甲斐を見出したりするということは、どんな仕事や労働や体験を通して、自分の心がどんな葛藤をし、どんな喜びや苦しみや楽しみや忍耐を経験して、どんな人間として成長し価値観や感性を持つかというテーマで生きるということだ。

 ところが、日本の教育では小中高大学と6・3・3・4 計14年間という長い年月の間、自分と向かい合って、自分をどんな人間として仕立て上げたいかというテーマで勉強をすることなく、社会に出てしまうのであるから、碌なものは作れないのである。

 中学校や高等学校で、体の成長に従って自己主張が強くなっているにも関わらず、その自己主張を思いっきり発散して、自分を更に高めることや高まる喜びを体験しないで、オートバイの免許は規制されその他にも散々抑制された時間で、青春時代を過ごすのである。

 しかし、産業界はトヨタもソニーもナショナルもホンダも一流のものを世に出すことができたのである。
 何故なのだろうか。

 残念ながら今の産業界は、その志が薄れ三流国に成り下がってしまった。

 人間の価値観や生き甲斐や志を全うするための商品とは、何ぞや。

 二重構造を持たず平面的なれば、短絡的なものしか世に存在しなくなってしまうのである。

 地球温暖化も原発問題も、そんな目先のことにエスカレートして騒ぎ立てるこの国は、もっと見据える大事なことがあるのではないか。震災の復興にしても、東電の電気料金値上げしても、日本航空の再建にしても、目先の現象だけに右往左往して、知恵がない。知恵を出せる人を探しもしないし、知恵のある人がいても気がつかないのである。

 財政赤字脱却のために、政府は増税しようとしている。それも不退転の覚悟だそうだ。
 それでいて行政は、民間の経済行為に一々関与して、既成を強めて業務を増やそうとしているのである。

 小さい政府を目指して、できるだけ民間の競争原理に基づき、必然的に不正や不法行為の起きない、インセンティブ要因をどのように掲げるかにおいて、政府の最も重要な役割があるという見識が欠如しているのである。

 鳥インフルエンザや狂牛病などの事件が起きたために、ますます滅菌や消毒などを行政指導や法律により規定をして、民間が自主的に励行することを信用しない政策が強化されるのである。

 原発や震災やインフルエンザにしても、二重構造社会を作ることに着目しなくてはなりません。
規則や法律は最低限にして、社会構造として機能すれば、健全に自浄作用が働くような、インセンティブ要因や教育のあり方を、政治は考えなくてはならない。

 そして芸能であるテレビや映画においても、目先の快楽も必要かも知れないが、世の中の根本は、価値ある深い重みのあるものを称賛して、より高い技術や洗練された感性を誘引するような、社会を創造しなくてはならないのである。
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