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AM 9:40 Temperature 6℃ 曇り February 8, '12(Wednesday)

気温が高いのにと手も冷たく感じます。バケツの水は、凍結してないので確かに気温は高いのですが、少しだけ風があってとても体感が冷たく、素手だととても冷たく感じます。

 馬場は、2ヶ所に水溜まりができ、全体として最悪状態です。



 「テレビゲーム世代の物言い」

 若い人と話をしていると、目の前の人と話しているのに、いない人と話をしているような錯覚を来す。
 自分のことを語るのに、「怒っているんじゃない。」とか「楽しかったと思うよ。」とか「気持ち悪く感じたのではないのかな。」というような言い回しをして、恰も自分のことではなく第三者のことのようにいうのです。

 普通は、自分のことを語るときは、「怒っている。」とか「楽しかった。」とか「気持ち悪かった。」というように一人称で表現するものだが、今の人達は何かというと三人称で自分のことを表現するのです。

 先日、鏡に写る自分を遠隔操作する話題を書きましたが、その時に思いついたことで、テレビゲーム世代の人達は、モニターに映るキャラクターを手元のコントローラーで操作して、相手を倒したり目的地へと向かったりしてゲームを進行する。
 このときに、モニターの中の主人公は自分であって、その自分を手元のコントローラーによってコントロールし、相手にダメージを与えたりダメージを受けたりする。

 つまり、鏡に写る自分を遠隔操作して、鏡に写るターゲットに向かって、鏡の中の自分に輪を投げさせるのと同様なのです。

 テレビゲーム世代の人達は、日頃から自分のことを客体視して、モニターの中のキャラクターに自分を投影して、モニターの中の自分自身をコントロールする訓練をすることと同時に、決して意図していたわけではないが、自分のことを第三者扱いするように訓練してしまっているのではないだろうか。

 客体視とは、客観的にそのものを見るという意味で、普段は自分以外のものを見るときにそのようなシチュエイションであり、自分自身は当事者なので中々客観視できないのが普通なのです。
 しかし、自分を当事者扱いするだけでなく、少し距離を置いて自分のことを客観的に俯瞰して観察する必要があって、そうすることによって冷静に自分のことを知ることができ、自分の行動や思考を正確に把握することができるので、社会生活するにおいても自分自身を向上せしめるにおいても、重要で必要なことなのです。

 このテレビゲーム世代の人達は、そんなことを意図することなく日々ゲームに勤しんでいる内に、自分と距離を置いて自分をコントロールする訓練をしてしまっているのではないだろうか。
 ところが自分のことを客体視する訓練ができる一方で、自分のエモーションをそのテレビゲームの中のキャラクターに移入することはしない。エモーションをキャラクターに移入しないからこそ、自分自身を第三者扱いができるともいえるのです。

 そうして知らず知らずの内に、テレビゲームをしていないときに自分のことを表現したり、自分自身の意見をいったりするときに、当事者意識が欠落してしまうのではないだろうか。

 自分のことをいうときは一人称で表現するのが普通なのに、普段から三人称で表現するのが癖になってしまったのではないだろうか。

 この私の意見は、テレビゲームによる弊害をいっているように聞こえているかも知れないが、そうではなくて、このような効果があるのだからもっと意図的に、自分を第三者扱いする訓練を、テレビゲームを使ってすると大変効果があるのではないかという提案をしたいのです。

 意図しないのに、訓練を余儀なくされてしまっているのではなくて、予め自分を客体視できるようにする訓練という目的を以て、テレビゲームを取り入れるというようにする必要があって、知らず知らずの内に、自分を第三者扱いしてしまうのではなくて、意図的に第三者扱いをする訓練をするならば、自分自身で第三者扱いするときと当事者との切り替えを、自在にできるようになるわけだから、意図的にするのとそうではないのでは結果が全く違うのです。

 自分の言動を何処かで俯瞰している自分が存在することは、とても重要な能力であり、イメージトレーニングできる能力と同じなのだ。しかし、これを意図的にできなくては、能力として有効に機能させることはできない。そしてこのような能力による効果を発揮するには、自分自身が当事者としての言動に活かされてこそなので、自分を客観視した結果を、当事者としての自分に繁栄できなくては意味がないのです。

 バーチャルな世界を、リアルな世界に繁栄させてこそ意味があるのであって、どんなコンピュータが発達してバーチャルな世界を膨らませることができたとしても、それをリアルな世界に繁栄させてこそ生産性が生まれることを、変えることはできないのです。

 自分自身を第三者扱いできるように訓練して、絶えず自分自身を俯瞰できるようになることは、自分自身を向上せしめるために大いに役立つ能力なのですが、その能力を自分自身が当事者として発する言動に活かされなくては、意味を持ちません。
 
 つまり当事者意識を堅持していながらにして、同時に自分を客観視できる能力が必要だということなのです。
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