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Arena Condition

AM9:45 September 5, '11(Monday)

 週末は、天気が悪くて、馬場コンディションは、土曜日の午前中まではまずまずだったのですが、その後は、土曜日の午後から時折豪雨となって最悪状態になってしまいました。

 今週は大凡天気が良いみたいなので、今日は今晴れていますが、予報が時々雨となっていて、その降り方次第ですが、今の空模様では降りそうな感じがしません。このままの天気が続けば、明日には馬場が回復して、ベスト状態になることでしょう。



「意識と結果」

 意識的に結果を誘導する。次の瞬間を自分の意の通り創造する。一年後を、意の通りに自らの作戦で創り出す。自分の人生を、自らの戦略で創造する。

 意識的に結果を生み出すには、意識がダイレクトに結果を生じさせることはできないから、行動を意識的にコントロールして結果を誘導すると考えるのが至極当然で疑う余地のないことだというのが常識で、順序立ててものを考えれば当然の論理です。

 運動には、意識してフィジカルを動かしている場合と、反射運動などの無意識運動とがあって、行動を認識するのは、意識的運動のレベルをアップすることによってできると考えるか、無意識的運動を感覚的に感じられる能力を高めると考えるかがあって、運動をコントロールできるようになることは、何気なく意識的運動のレベルを高めると考えがちなのです。


 運動を意のままにコントロールできるようになったり、運動を手に取るように感じとれるようになったりするためには、先ず無意識的運動を感覚的に察知できる能力を高めることができて、その感覚によって無意識的運動をコントロールできるようになるのだから、運動を感覚的に見えるようになるのが先なのです。

 年齢を重ねることによって体力や反射神経などの衰えによって、現役を引退するアスリートは別として、フィギュアスケートの浅田真央選手や柔道の鈴木桂治選手などのように、それまで天才と賞賛されてやることなすことが思い通りにできて、大会に出れば優勝するのが当たり前だったのが、思うだけで自然に体が動いてできてしまう状態から、一度失敗したり負けたりするとそこから苦悩が始まり失敗を繰り返してしまうのは、何故なのだろうか。

 一度失敗すると、二度と失敗しないようにとか負けないようにと思うから、何故失敗や負けたのかを分析し敗因や失敗の要因を探し出すのです。そして、その敗因を消去しようと考え始まるのです。

 敗因を分析して見つかると、今度は死に物狂いでその敗因を消去しようと修練するのです。そしてその修練が完了したと思って、勝負に出るとまた負ける。更にまた、その敗因を探り出して、見つかった敗因を徹底的に消去するための訓練をして、勝負に出るとまた負ける。どんなに繰り返しても負け続けるのです。

 この時この選手は、負けた原因を探ってその原因を消去することによって強くなると考えて、厳しい訓練に耐えに耐えて勝負に出るのだがまた負けるのです。
 何故なら、これらの訓練は敗因を消去しようする訓練だから、負けない訓練であって勝つ訓練ではないというのが一つで、もう一つは負けないようにと考えるからフィジカルを意識的にコントロールしようとしてしまって、意識的運動のレベルアップを図っているといえるのです。
 ところが連戦連勝の時の頃を振り返れば自明の理なのです。
 負けるなんて考えもせず出場すれば勝っていた頃は、自分では思いさえすれば勝手に体が反応して、目的である勝つということを念頭に置きさえすれば、後は自律神経が自動的に体を動かして成功していたのです。

 この人達がもう一度栄光を手に入れるためには、無敵を誇っていた頃の最も秀でていた能力を更に高めることが重要なのです。何故なら、勝っていた要因を更に高めることが、元々この人達が持っていた才能を高めるのであるから、勝利するために最適なことなのは火を見るよりも明らかなことなのです。

 そして、もう一つのことが最も重要なことで、無意識に体が反応して勝利してきたのだから、無意識に体が反応する能力を高めることが必要なのに、敗因を消去するために訓練は、意識的運動脳能力を高めることによって、むしろ無意識的運動の能力を発揮できにくくしてしまっているのです。

 感覚そのものは自律神経なので、意識的に感覚情報をどんなに望んでも、獲得することはできないのです。しかし大凡の感覚情報は、フィジカルの先端で感じていることで、その情報量が雑多だから大脳が勝手に取捨選択して、大脳が必要だと思う情報以外の感覚情報を抹消してしまうので、初めからそんな情報はなかったことにしてしまうのです。

 しかし、大脳は的確に取捨選択しているわけではなくて、それまでに得た知識や経験によって、身に付いた好悪や感性や性格や技術レベルなどによるある種の法則が生まれていて、その法則によって取捨選択されて、感覚情報が本当に必要かどうかで取捨選択されているわけではないのです。

 つまり意識と結果を一致させるためには、運動中に感じる感覚情報を認識できる能力を高めて、運動の状態を逐一感覚的に見えるように訓練する必要があるのです。そして、意図的に求めて想定する結果を意識し運動を継続して、意図する結果が生じたときの直前の感触を気にかけることによって、徐々に必要な感覚情報を感知できる能力が身に付いてきて、感覚情報を感知できる能力の高まりに追随して反射運動などの無意識的運動能力が上達するのです。

 つまり意識と結果の一致のど真ん中に位置するのは、感覚情報の感知能力なのです。

 フィジカル運動をするときに、誰でもが上手になりたいとかいい結果をだしたいと思うもので、その時上達したり良い結果を出したりするには、自分自身のフィジカルをコントロールできるようになることではなくて、柔道であれば対戦相手を、スケートであれば氷を、感覚的に感知できる能力が高まることだという認識を持つことが重要なのです。

 感覚的に感知できる能力を高めるためには、運動における良い結果を想定してこれを意識して、サンプル映像をイメージしそのイメージ通りにコピーペーストするようにフィジカル運動を行い、決してフィジカルのパーツをあれこれ動かそうという意識を持たずに、只イメージした運動を継続するようにする。するといい感触と共に良い結果が出るようになるので、良い結果が生まれるような予感をさせる感触を得るようになったら、そのいい感触を再現するように、あれこれ工夫して、確実にその感触を再現できるようになることなのです。

 そのように認識してフィジカル運動を繰り返すことによって、次第に確実に良い感触を再現できるようになるに連れて、対戦相手であったり氷であったりと対面する対象物の状態を感知できる能力が高まると同時に、その対象物をコントロールできるようになって、無意識的運動能力が結果として高まるのです。

 アスリートではなくて、職人といわれる技術を追求してものを作る人達もまた、感覚を鋭くすることによって対象物の状態を逐一感知して、無意識的運動能力によって余人では作れないような精密なものを創り出しているのです。
 この人達は失敗しても、天才アスリートと違って失敗の要因を探って、意識的運動能力をアップしようとは考えない。よりもっとものを感じ取れる感覚を鍛えようとして、結果的にものを細工できる無意識的運動能力を高めているのです。

 つまり運動能力を高めるということは、無意識的運動を感知できる感覚能力を高めることで、決して意識的運動能力を高めることではないという認識を持ち、良い感触を求め、良い感触の再現を意識することによって、神業を身につけることが、誰にでもできるのです。
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