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Arena Condition

AM11: 00 July 20, '11(Wednesday)

 今日は、台風のために一日中雨が降るようですが、降ったり止んだりしています。

 明日まで、このような天気だそうで、台風の歩みが遅いので中々台風一過とはならないようです。


 変則的な台風の歩みです。


   「何故」

 学習は、本人が学びたいという意識さえあれば誰にでもできるもので、何故学びたいのかは、学んだ結果自分はどのようになりたいのか、つまりゴールのイメージを持っているからこそ決まるのである。
 ゴールのイメージがあれば、何を学ぶことによってそのゴールに近付くことができるかを考えて、その種類や方法が決まる。

 このように論ずれば、意図も簡単に整理されるが、実際は、それを学んでいないときにゴールをしっかりとイメージできるか、またイメージしようとするのかが問題なのであるからそう簡単ではない。
 何故なら、そのことを始める段階では、そのことについてよく知らないから、ゴールのイメージをすることが困難なのである。

 日本人の多くは、ものごとを学ぶときにその結果をイメージしようとはしない。
 特に学問となると、学校教育がそうであるように、子供達が将来の自分の姿をイメージすることに費やす時間はとても少なく、今学んでいる数学や国語がやがて将来の自分にとって、どのような効果が生まれるのかという問いかけに、誰も応えてはくれない。

 唯一スポーツを一とする部活動だけは、近い将来の姿を提示してくれるから、辛い練習にも耐えられるのである。しかし、学生の本分である学業に関しては、誰も子供達に対して、学業を成した結果をプレゼンテイションしないから、学業に対して多くの子供達にモチベーションが湧かないし、目的意識がないから学業そのものの成果も効率も最低レベルになっているのである。

 そんな環境で育った平均レベルの大衆は、成長して大人になって仕事を持つと、そのために学問をしたりフィジカルを訓練したりするのは、必ずゴールがはっきりしているのでその効果は抜群で、誰もが口々に言うのは、このような気持ちで学生の頃、学問に取り組んでいたら少しは増しだったのではないかと悔やむのである。

 しかし、そのように体験をしながらも、いざ何かを始める時に先ずゴールをイメージするということに心を砕こうとしないのである。何を学ぶか、どんな訓練するかを考える前に、どうなりたいのかどんなことができるようになりたいのかを、イメージできるようにするためにできる限りのことをしなければならないのである。

 ゴールのイメージを、明確にすることを何よりも優先して、できる限りのことをする。
 
 学業や訓練を始めてしまってからも、絶えずゴールのイメージを明確にすることを怠ってはならない。ゴールのイメージを検証し続けることによって、過程における失策が修正されるのである。
 練習や学業の方法が、正しいか間違っているかを教えてくれるのであり、その効果も適正なのかそうでないのかも教えてくれるのである。

 絶えず良いものに接して目を肥やすことが重要で、このことは日本でも昔から良くいわれてきたことだが、昨今は軽視されてきてしまった。目を肥やすとは、良いものに絶えず接してものの品質を知るということで、どんなことに役立つか分からずとも、普段から良いものに接するということに全力を尽くすことは、何ごとかを目指すときが来たときに、目指すべきゴールの姿をイメージしたりイメージしようとゴールを探究したりすることに、極めて役立つことになるのである。

 二宮金次郎は、爪に火を灯すような辛苦に喘いでいた頃に、道端で出会った僧のお経を唱える声があまりに響きが良いと思ったので、小銭しか持っていなかったにも関わらずその全財産を僧に渡して、もう一度お経を聞かせてくれと頼んだという話が残っている。
 明日に困っていても良いものに出会ったときに、そのことを優先する気持ちが、将来を決定するということだ。

 普段から良いものに接して目を肥やしていることによって、目指そうと着想することもまた決まってくるし、何故という疑問符もまた、どんなクォリティのものに接してきたかによって決まってくるのである。

 人は、何のきっかけもなしに疑問符が湧きあがるわけではないのである。そして、この疑問符が、全てを変えるし全てを構築する始まりなのである。
 然るに、ゴールをゲットするには先ずゴールの正体を突き止めて、その正体に向かって探索の旅をすれば、必ずゴールに達するのであるから、正体を明らかにすることを優先する。

 ゴールの正体を明らかにせずして、ゴールに行き当たることはできないし、スタート時点で明らかにしたとしても、進んでいく内に違っている場合もあるし、とても正確ではなかったという場合もあるから、絶えずゴールの正体を明らかにするという意欲を持ち続けなくてはならない。

 何に対して疑問符を抱くかは、自分自身のクォリティだと自覚しなければならない。だからこそ、自分に何ができるのか、何を知っているかではなくて、どんな疑問符を持つかが自分の持っている能力であり今の価値なのだから、どんどん精力的に良いものに接し、意識して良いものに遠回りせずに躊躇なく突き進むことができる人間になら無くてはならないのである。

 良いものに遠回りする分だけ自分の価値下げて、良いものに接することを心がけるほど自分の価値を高めるのである。
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