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Arena Condition

AM11:15 July19,'11 (Tuesday)

今朝はは、豪風雨といった感じの嵐でした。今は小康状態で、これからもっと降ることでしょう。

 今日明日は台風の影響で、荒れ模様でしょうが、その後は、また暑い日が続くことになって、悪くなった馬場コンディションも、一気に回復することでしょう。




  「飽きる」

 飽きるということについて、考えてみようと思う。

 私は、子供の頃飽きっぽいと良く親に言われたものだ。玩具にしても遊びにしても、夢中になって遊んでいたかと思うと、直ぐに興味がなくなって違うものに目移りしてしまう。

 一体全体飽きるということの正体は、何者なのだろうか。

 「飽きる」という字から推察すれば、同じ食べ物や味のものを食べていると嫌になる状態を指している。

 食べ物には、味というものがあって、この味というものを神が作ったのは誠に賢いといわざるを得ないと思う。
 何故なら、この味によって促進効果と抑制効果を同時に働かせているからだ。味があることによって、糖分が不足していれば、甘いものを欲しがるし、甘いものを食べ続けると嫌になって食べるのを止めるというように、もし糖分に甘いという味がなければ、不足しても欲しいという欲求が湧かないし、充足していても止めるという抑制力が働かないのである。

 このことから「飽きる」ということの正体を分析すれば、同じ状態が続いているとその状態を続けるモチベーションが下がるというシステムの機能なのではないだろうか。
 個人差はあるかも知れないが、時間と密接な関わりがあって、ある時間帯において同じ状態が続くと、同じ味ものを食べ続けたのと同様に、その状態を続けるモチベーションが下がるということではないだろうか。

 それは、時間という概念において、老化であっても成長であっても、劣化であっても生成であっても、状態の変化を意味していて、状態の変化がないということは時間を失うということになるから、時間の存在を感知するものが「飽きる」という感覚なのではないだろうか。
 つまり、養分の渇望と充足を感知させる機能のために、食べ物に味が存在するように、「飽きる」は、時間の経過と停止を感知させる機能なのではないだろうか。

 時間が経過する。つまり、時間が過ぎて行くということは、時間が止まるということに対比して存在しうるものだから、例えば、生命体の成長と老化で考えると、誕生してある一定の期間は成長という変化を見せて、成長が止まると同時に老化が始まり、絶えず状態がある一定のベクトルをもって変化しているのである。そして変化は、変化しないという対局の存在無くして存在しえないから、状態が変化しないということも時間が止まるということも、この世には存在しないけれど、概念として存在するのである。
 つまり、数学上の0である。実際の世の中に無という存在はあり得ないが、無という概念を持たない限り、有という概念を説明できないから、人類は数学史上最後に0という数字を発見して、飛躍的に数学を向上させることができたのである。

 食べ物の味についても同じことが言えるのである。味がないということは、実際上はあり得ないのであるが、無いという概念を持たない限り有るということを説明できないから、人は自然に味がないという存在を知っているのである。しかし、我々は、味を感じないこともあり音が聞こえないこともあるが、それは、我々の感覚機能が察知できる範囲の領域を越えて、小さいか大きいかであって、実際には音がないことも味がないことも時間が止まることも数学上の0もこの世には存在しないのである。つまり無とは、概念上存在するものであって、実際上は存在しないのである。

 それを、感覚上、「味がない」「音がない」「止まる」「闇」などの存在は、数学上の0,つまり「無」という概念上存在するものを、感覚上察知できるように機能が組み込まれているということなのである。

 その中で、飽きるということは、時間が止まっていることを意味しているから、例えば、待ち合わせをしていて中々待ち人が来ない時、待つことに飽きてしまうという現象は、只待っているという状態がある一定の時間が継続して状態の変化が起きないことによって、時間の停止を意味しているのである。

 私は、子供のこと良くいわれた「飽きっぽい」ということが、高校生になった頃にはあまり言われなくなって、むしろ根気強いといわれるようになったのである。

 この変化を振り返って見ると、どうも「飽きっぽい」という性格が直ったわけではなくて、「飽きる」対象となるものには初めから手を出さなくなったと思うのである。

 つまり、奥行きの深さを感じないものには、初めから手を出さなくなったのである。奥が深くないということは、直ぐに変化起きなくなって時間が止まるから、「飽きる」に繋がりやすいのである。

 事態の変化を感じられなかったりたり、可能性を予測できなかったりすると立ち所に、飽きるのである。
 99%の失敗であっても、1%の成功に意思を傾注することができれば、2%の成功への変化は倍増する変化であって、200%の変化になり、99%の失敗から98%の失敗への変化は、1%弱の変化に過ぎないから、失敗への意識の傾注では、殆ど変化を実感できないので、モチベーションを高めることができないし飽きてしまうことになるかも知れないのである。

 変化を感じられるのは、感覚でしかない。時計でもカレンダーでもなくて、ものの変化や変質や成長や劣化などを感じられる感覚こそが、時計なのである。感覚に時を刻めるようになることによって、時間すらもコントロールできて、つまり自分の人生を、コーディネートできるということなのである。
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