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Arena Condition

AM 11:00 July 11, '11(Monday)

今朝も38℃あって、とても暑いですが、ちょっとだけそよ風があります。

 梅雨も完全に明けて、日本が夏の入りました。毎日これから目もなく暑い日々が続きます。

 熱中症の経験者は、尚更、未経験者は、対岸の火事のように思っているようですが、いつ我が身に及ぶか分かりませんので、他人事と思わず用心することです。



  「我が才能」

 自分は途轍もない才能を持っていることを気付かずに、日々を暮らしている人がその才能に気付いたとき、それまでの爽やかな雰囲気や外連味のない性格などが失われないで、それまでの良いところを維持しつつ持っている才能を活かして生きていって、人々から賞賛を受けるような実績を上げるわけにはいかないのだろうか。

 また、功成り名を遂げたとき、それまでに裏切りや失望など幾多の艱難にあっても、持てる能力や精進によって確固たる地位を確保したとき、無名の時に持っていた良いところを失わずにいるというわけにはいかないのだろうか。

 功成り名を遂げずとも、人は経験を重ねたり実績を上げたりして、時が過ぎると何時の間にか自分が変質したり考え方が変わってしまったりして、違う自分になってしまうものだ。

 成長するとは、良いところを残し悪いところを矯正するということであるはずなのに、能力を身につけると称して良いところを失って、その人が本来持っていた魅力を失ってしまうのである。

 成長するきっかけを作ったり成し遂げたりする源は、その人が持っていた魅力を作り上げている潜在的能力であったにも関わらず、その潜在的能力を見失って只単に能力を身につけることに専念してしまうから、確かに能力を身につけたかも知れないが、その人の魅力を失ってしまうから、更なる成長が不可能になってしまうのではないだろうか。

 成長することは、自分を変えることでもあるから、自分が持っている魅力を失わずに、成長を遂げることは困難なことかも知れない。

 「初心、忘るべからず」という言葉は、誰でもが知っている言葉であるが、目的を目指して最初に抱いた志を、忘れてはならないという意味で理解している。しかし、これだけで、確かに初心を貫くことによって目的を達成することはできるかも知れないが、その時にその人の良いところも失ってしまうのではないだろうか。

 技術のみや能力のみを、身につけようとしてはならない。

 技術や能力を身につけるために、只そのために練習をしたり勉学してはならないということで、目的地へ辿り着くための考え方や着想を試行錯誤して葛藤して、その結果、発想したり思考したりして自分なりに工夫を凝らし、初心を貫かなければ、技術や能力は高まったかも知れないが、一番大切な人間的魅力を失ってしまうのではないだろうか。

 多くの人は人格が関与して、発想や思考の自由を奪うのである。特に能力や技術が中途半端なところまで高まって、多少なりに何らかのことができるようになってしまうと、我が身を省みず現状認識に誤作動を起こす。しかし誤作動を起こすことは誰にでもあることで大した問題ではないが、誤作動を起こしているのではないかと危惧を抱くことがないのが問題なのである。つまりここに、発想や思考の自由を、人格が奪ってしまうという現象を見ることができるのである。

 現状認識に誤作動があるのかないのかという指摘は、自分の劣勢を想起するから、現状認識を疑うことをしないで、その認識に基づいて次の行動を決する。従って、何処まで行っても誤作動のままで、結果の好転をすることはないのである。

 初心者の感覚は、誤認しやすいものだという認識を持てれば、特に初心者の感覚はとても信用できる精度を持っていないのは当然だと理解できていれば、現状認識を盲信しないで、危惧をもって何らかの方法で検証しようと発想することができるのである。

 ところが、現状認識に誤差が生じるか精度が高いかは、本人の技量に関わる問題なのだが、感覚の精度はこれで完全だというものがあるわけではなくて、精進すれば限りなく精度を高めることができるもので、絶えず自分の現状認識に危惧を持っていることが、現状認識の誤差を少なくし能力を高めるには必要不可欠なことなのである。
 
 しかし、自分の現状認識を疑うことは、自分の劣勢を客観視することになるから、そこを恐怖して現状認識に危惧を抱くことを止めてしまったり、誤差に気付いていながら自分を誤魔化したりしてしまうのである。
 そして一度誤魔化してしまうと、それを更に誤魔化すために行動するようになるから、人の話にも耳を貸さなくなるし、自分の心の声にも耳を貸さなくなってしまうのである。

 人は、何をもって自信を持ち、何をもって畏れを持つか。

 現状認識に誤差が生じれば、全てにおいて誤作動が起きるから、自信を持って判断すると同時に、その自信に対して謙虚にならなければならない。
根拠のある自信、つまり何らかの身につけた能力や技術によって培われた自信は、常に謙虚になって危惧を同時に持たなければ、大きなリスクを冒してしまうのである。
しかし、根拠のない自信は、つまり自分が自分であることに自信を持っていることはとても大切で、何の疑いも危惧を持つ必要がないということなのである。

 形や確証が持てない才能が、あるかも知れないと思い込むことは、何の障害もリスクもなく、只あるのは自分を成功させるための重要なファクターなのである。

 しかし、形あるものとして証明した源となった才能については、つまり能力や技術や実績という形で証明された才能については、自信すら持つ必要はなく、畏れを持ったり疑って掛かったりということを怠ってはならないのである。

 このようにすることによって、能力や実績や技術や才能を証明する前に持っていた人間的魅力を失わずに、成長を果たしたり目的を達成したりできるのではないだろうか。
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