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Arena Condition

AM 9:15 May 29, '11(Sunday)

 小雨降る朝です。関東も梅雨入りしたそうで、昨日今日と梅雨のような雨です。

 馬場は、最悪です。



  「分かる以外」

 目で見ることができないものを、感覚で捉えることができる。
 車を運転する人は、誰でもがタイヤの位置を運転しながら目で見ることはできない。つまりタイヤの位置を感覚的に捉えているから、障害物を避けたり車庫入れしたりできるのである。

 誰でもが、タイヤの位置を感覚的に捉えられるということは、外のことにも通用するはずなのだが、外のこととなるとどうもそうは行かないらしい。
勿論外のことでもできることとできないことがあって、そのどれもが、車の運転のように必然性がある場合は誰でもができるのだが、必然性がないとある程度の訓練を意識的にしないことにはできない。

 意識的に訓練しないとできないという意味は、目で見なくても位置や動きを感覚的に捉えるには、只その運動を繰り返していても、目で確認しながらやっていても決してできるようにはならなくて、感覚的に捉えられるように工夫を意識的しなければ、できるようにはならないという意味である。

 そこで必然性のないことが、感覚的に捉えられるようになるには、それを意図すること必要なのだが、意図するにはどうしても必要なことがあり、このことを自覚しないことには、目で見なくても感覚的に捉えられるようになることを意図しないのである。

 それは、自分が目で見なくても感覚的に捉えられていないという自覚が、必要なのである。

 そんなことは簡単なことであると思うのであるが、どうもそう簡単ではないらしい。目で見ずとも分かるようになりたいという願望は、誰にでもあることなので、今その感覚が備わっているのかどうかは分かるはずなのだが、その目を曇らせる要因が人には潜んでいるのである。

 それは、見栄である。
 つまり人の目が、「あの人は、それぐらいのことは分かっている。」と見られていると自分が思っているということが災いするということである。そんな風に他人が自分のことを見ている事実があるかどうかではなく、自分自身が見られていると思っているということが問題なのだ。

 自分はそれくらいのことは分かると見られていると思っているから、自分には目で見ずとも感覚的に捉えられていないということに正直になれず、目で見ずとも感覚的に捉えられるようになるために、工夫をするスタート地点に立てないのである。

 しかし、自分はそう見られているという呪縛に囚われているに過ぎず、実際は、他人はそれを実は見抜いていて、その人が感覚的に見なくても分かっていると他人は見なしていないのである。

 もう一つ工夫するスタート地点に立てない理由は、最初は見栄で思っていることが、その内自分は分かっていると錯覚するようになってしまっているのである。
 このように錯覚していると、中々感覚を鍛えるためのスタート地点に立つことは難しい。

 ここで、目で見ずとも感覚で分かるということとはどんなことなのかを説明したいと思う。しかし、こんなことを説明することは無意味なのかも知れない。
 しかし、敢えて説明することにする。

 感覚的分かるということは、「分かったかも知れない。」、「分かるような気がする。」、「分かっているつもり。」、「多分分かるだろう。」「分かっているはずだ。」というような次元とは全く隔絶する世界が、感覚的に見えるということなのである。

 感覚的に分かるとは、目で見るよりもはっきり見えるということであり、曖昧であったり希望的観測であったり想像の世界ではないのである。「はっきり見える。」以外は、感覚的に分かっていないと断ずることができるのである。
 「はっきりと分かる」以外は、感覚的に分からないということなのである。

 ものごとは、感覚的に察知できないことには、分からないということであり、例えば、知識的ことや学問的な分野においても、感覚的に捉えることができなければ、本当に理解したとはいえないのである。況して、運動の分野においては、感覚的に見えないことには何も始まらないというのが本当の話なのである。

 人前で見栄を張るも良いし、分かっているふりをしてそのまま行動するのも構わないが、自分自身にまで嘘をついてはならない。自分を偽ってはならないのである。

 どんなに見栄を張ろうがどんなに分かっていると思いたいと熱望しても、自分自身に冷静に問いかければ、感覚的に目で見るが如く状態を把握できているかどうかは、錯覚しようがないはずなのである。

 何事においても、自分を偽ることがあってはならないことで、この偽りほど危険や損失を伴うものはないのである。
 人は過ちを起こすもので、感覚は錯覚しやすい機能であるから、実際と感覚とはかけ離れていて、訓練次第ではその錯覚を極めて僅差にできる機能でもあるのだから、それを食い止めるには自分自身を偽らずに、はっきりと目で見るが如く認知できているのかどうかを確認すれば、直ちに、感覚を訓練するスタート地点に立てないはずがないのである。
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