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Arena Condition

AM 10:40 May 11, '11 (Wednesday)

 昨夜からの雨で馬場は、少し水が浮き始めました。

 これからも雨が降ったり止んだりという予報ですから、水溜まりができることでしょう。

 ただ、これからの季節は、気温が高くなるので、回復には時間がかかることはないでしょう。




  

  「天を畏れる」

 権力者の軽薄さは、絶対に許されないことで、「天を畏れる」という戒めの言葉がある。

 天を畏れるとは、歴史の重みや見えざる世の中の働きや仕組みに対して、絶えず謙虚に正面から向かい合って、良く事の真相を知り自らの思索や決断をするということである。

 しかし、今回の菅首相の浜岡原発の全面使用停止やエネルギー政策の白紙撤廃は、安全優先という耳障りがいい話かもしれないが、これまで政府が言ってきたことやCO2削減に対する考えはどうなってしまったのだろうか。

 この人の頭は、どうなっていることだろうか。

 白紙撤廃などということを、軽々しくいっても良いのだろうか。

 これまで、多くの人が血の滲むような研鑽を繰り返して、今日に至った経緯を踏まえなくて、簡単に白紙撤廃などといっても良いのだろうか。

 政策の変更や発想の転換は、時には必要なことではあるが、それが何故必要なのかそのためのリスクとメリットは?などと考察をした上で、結論を出さなくてはならないのでないだろうか。

 今行う決断は、将来にどんなメリットやデメリットがあるのかという見えざる影響を、あらゆる角度からシミュレーションした上で判断をすべきなのである。

 私は、これまで日本の乗馬社会の変革や技術革新の必要性を鑑みて、これらのことが必然的に社会の中で機能するためには、どうすればいいのかというテーマを以て、リーダーとして限られた資本などの諸条件の範囲で、あらゆる政策を行ってきた。

 しかし、それらの政策も実績も、大衆迎合的発想によって、何もかも失われてしまったのである。

 大衆迎合的発想とは、今の菅首相の発想と同じで、危険だといっては何らかの英知を絞ることより休止をすることを選択し、レベルの高いことより2番では駄目なのかという発想をする。

 つまり、底辺拡大という大衆には耳障りのいいことを唱えて、高い山を登る辛苦からの解放を選択してしまうのである。

 果たして底辺拡大といって成されたシステムによって、何が生まれたのだろうか、どんな底辺が拡大したのだろうか。却ってマーケットは縮小してしまったのではないだろうか。

 私に対して、口汚く批判する人達がいるが、この人達は自分で何か行動して結果を出しているのだろうか。

 今の時代は、インターネットの普及によって、個人の意見を社会に対して発表することが意図も簡単にできる。何の責任も義務も負うことなしに、人の中傷誹謗もできるのである。
 誹謗された人の反論を、許さない不公平極まりないことである。

 私に対して、面と向かって意見をやり取りをしないし、自分の名前も出さない。

 私が嘆かわしく思うのは、このことによって益々日本が劣勢を極めてしまうということなのである。

 トヨタの優れた自動車を、我々は金さえ出せば買うことができる。ホンダの車も買うことができる。

 買うことができるのは、自分に金を出せる経済力があるからではない。買える人が日本にいなかった時代に、自動車の製造に命をかけた人がいたから、今金を出しさえすれば買えるという時代が来ているということなのである。

 本田自動車が、4輪自動車産業へ進出しようとしたときや、川崎重工が溶鉱炉を増設しようとしたとき、日本政府は挙って反対したのである。
 本田自動車にも川崎重工に対しても、自動車業界も鉄鋼業界も産業的に拡大期ではないという根拠のない理由から、新規参入や増産計画は、無意味に産業秩序を乱すことになるといって、時の日本政府は反対したのである。

 本田自動車は、政府の妨害に屈せずに4輪自動車産業に挑戦して成功を収め、川崎重工は、政府が反対をしたものだから銀行が出資を拒んだので、証券のマーケットで資金調達を果たして溶鉱炉を増設し、その後日本の鉄鋼業界が世界1位として君臨することに大きな貢献をしたのである。

 高いレベルのことをするには、関わる人達の並々ならぬ研鑽が要求されることだが、それをしたものだけに与えられるものが、あらゆる問題を解決してあまりあることは想像に難くない。

 底辺拡大は、頂点を極めることでしか実現できないことなのである。

 中傷誹謗を繰り返している人が現実問題として存在しているが、そんなことはどうでも良いことだ。しかも大変少数の心ない人達であるから何も問題はない。
 只、携わっている一人一人がレベルアップというシンプルな考えを、持つことが重要なのである。

  多くを学びたい。
  先頭に立つものを正しく批判し、敬意を持つ。
  優れたものを、賞賛する。
  一歩でも高きを、目指す。
  理を追求する。
  優れた力が、底辺を拡大する。
  優れた力を生むものは、優れた考えからで、優れた考えは優れた素材から生じ、優れた存在が優れた存在を更に生じさせる。

 私が、世に埋もれてしまうことは、自分自身が未熟であるからで、誰かに中傷されたり誹謗されたりするからではない。
 唯々、精進するのみである。

 ただ一ついえることは、世が乱れることを憂えるのみである。

 誰ものこの国民は、その局面において自ら率先して判断を下すことをしない。誰かの決断や行動を見てそして態勢が決してからでなければ、自ら決断したり判断したりして、その局面において黒白を付けるという勇気をもたない。

 渚の砂を積み上げることが、頂点を極めることであり底辺を拡大することなのである。

 基礎を固めることもなく、只ひたすら頂上を目指して砂を積み上げる。すると砂は、高く積み上がりながらもその砂の多くはサラサラと下に崩れる。徐々に山は高くなるものの砂の多くは下へとサラサラ崩れ落ちて、ピラミッドのように底辺が広がりながら山の頂上も高くなる。

 しかし、ここでやっていることは、山を高くしようと砂を積み上げているだけで、底辺を拡大しよう何て思ってもいない。
 頂上を目指してより高く砂を積み上げようとさえし続ければ、結果的に山は高くなりつつその何倍も底辺が広くなるのである。

 底辺拡大とは、当事者が技術の研鑽や工夫をするために、辛苦や時間を惜しむことなく努力したくないということの表現を、変えているに過ぎない言葉なのである。

 単純に、頂点を目指しさえすれば、自然と底辺は拡大して、その結果獲得した高いレベルの技術や生産品によって、誰もがその恩恵に浴することができるのである。
 しかし、頂点を目指している人を中傷して、汗臭く泥だらけになっている人のことを足蹴にするのは、我々の日本が何時までも劣った存在でしかないわけで、結果として高い商品を止むを得ず買い続けなくてはならないままにすることなのである。

 アメリカの馬は安くて、安く馬を買えることの方が日本で生産したり調教したりして作るのはコストが掛かるからといって、国内生産を小馬鹿にしている日本人は、将来日本で生産した高いクォリティのレイニングホースや安い国内産馬が生まれたとしても、絶対に買わないようにして貰いたいものだ。

 何故今、レイニングホースが日本に存在し、そのレイニングホースが当たり前のようにスライディングプレートを履いているのか、況して何故、スライディングできる馬場が日本に存在しているのだろうか
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