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Arena Condition

AM 10:15 April26, '11(Tuesday)

 喉かで風もなく日差しの強さを感じるほどに晴れました。

 日中は、暑くなることでしょう。

 馬場は、完全に回復して、ベストコンディションとなりました。



  「自覚症状と思考の始動」

 その瞬間において、感じている感触や意識していることを自覚している。つまりその瞬間の自分を認識しているか。

 その瞬間に自意識がなくってしまうと、その瞬間の状況を把握できなくて、その事態を継続するにも改善するにも、そのことに関して思考が始まるはずがないのである。
 その瞬間において自意識がなくなるには、二つの原因が考えられる。小心者か傲慢な者との二つである。常々小心であるか傲慢であるかではなく、その瞬間に小心で我を失っているのか、傲慢で自我を見るという謙虚さを失っているかである。

 ジャンプしている瞬間に、自分の意識は何処にあるのか。
 空中転回している瞬間に、自分は何を感じているかを認識しているか。
 鉄棒で大車輪をしている最中に、自分は何を考えていたり何が心を占めたりしているかを認識している か。
 本を読んでいるときに、何を感じて何を思い浮かべているかを認識しているか。
 食べているときに、どんな感触を感じていて、どんなことを連想しているか。
 車を運転しているとき、どんなエンジンのレスポンスを感じて、先を急いでいるのかそれともドライブを楽しんでいるのか。

 つまり如何なる瞬間でも、自分を認識しているかどうかを問いかける必要があるのではないだろうか。

 如何なる瞬間でもとは少し大袈裟で、意図的に目的を以て何かをしている瞬間と限定して、その瞬間に自分が何を感じて、どんな気持ちになって、何を連想しているかを認識しているかを振り返って見る。

 もし何かを認識しているのであれば、その認識は目的に叶っているのかそうでないのかという思念が当然湧きあがってきて、その思念を認識していれば、思考が自然に始まるのである。


 私は長い間多くの人を見てきて、現状が好転しないにも関わらず、長いことそのままの状態を変えようとせずにいることがどうしても理解できなかった。
 つまり、改善しようと何らかの思考が始まって、その思考によって行動が変わるという状況を、見ることができない理由が理解できなかったのである。

 しかし、やっとその理由を見つけることができたのである。マクロとしての結果に満足を得られなくとも、ミクロの状況において感触を実感できなかったり、状況判断をしようという気がそもそもなかったり、不安や恐怖心で我を見失っていたり、傲慢で足元を見ようとしなかったり、というように原因は様々かも知れないが、何れにしても自意識が欠如していて現状認識が持てないために、思考が始まらないということだったのではないだろうか。

 従って、思考が自然に始まるには、思考を意図的に始めようとするのではなくて、その瞬間において自分を取り戻すことが重要なのではないかと思うのである。

 現状認識ができないのは、その瞬間において我を見失っているということであるから、小心者でも傲慢者であっても我を見失っていることにおいては同じで、技量不足から起きる現象で、性格が原因しているわけではない。

 つまり小心や傲慢は、正確性のものではなくて、技量不足から起きるものなので、技量不足を解決しようとすれば、小心でもなくなるし傲慢でもなくなることができるのである。

 先ず、現状認識ができない場合であるが、技量不足によりその瞬間の状況を把握するセンサーが機能しない場合、状況を把握できないという認識を持つことで、思考が自動的に始まるのである。つまり、我を見失わない限り、思考は始まるのである。
 瞬間において、我を見失っているのかそうでないのかを振り返って、見失っているとすれば、我を失わない状況で物事を目指すべきなのである。
どうしても我を見失うのであれば、見失わずにできるレベルにまで分解して、目的を目指すことが重要なのである。
 また、我を見失ってはいないが状況の把握ができない場合は、先ず状況が見えないという認識を自覚することが重要だ。
 このような認識を持つことさえできれば、当然この状況を脱するにはどうすればいいかという思考が始まらないわけにはいかないのである。

 そして、感覚が見えない部分を感じることができなくて、状況を把握できないわけだから、感覚的に見える動きを探して、自分は何を感じることができるのだろうという疑問を持つことができるし、それでも感覚的に見ることができることが何もないという思いに至れば、それはそれで、何か工夫をすることによって、見えない感覚を補う方法を探せばいいのである。

 さて、傲慢によって我を見失っている人は、マクロの結果について満足できているのかどうかを振り返って、満足できないとすれば何故満足できる結果を得られないのかという疑問にぶつかる。
そして、目的に向かって選択した方法を実行できているのかどうかという疑問が起きる。それもできていると思うのであれば、できているという根拠を探さなければならない。
 本当にその瞬間の感触を以て、できているという実感を持っているのかどうか、そんな認識を得ているかどうかという疑問を、自分に投げかける必要がある。
 自分を見失っていないかどうか、誰でも分かっていると思いたいものだが、分からないものは分からないのだし、しっかりと自分の認識を紐解けば、状況把握が感覚的にできているかどうか分かるはずなのである。

 静なるときも動なるときも我を見失っているのでは、思考は停止したままで、事態は劣勢のベクトルを持つのである。その瞬間において我を失うことなく何らかの認識を自覚していれば、同時に思考が始まるもので、思考が始まれば、目的を達成したいという気持ちさえ失わなければ、必ず事態は改善されるのである。
問題は現状を把握しているかどうかではなくて、現状を把握できていなくても、その瞬間にどんな認識を自覚できているかどうかなのである。

 認識さえあれば、あらゆる無限の可能性を模索するための思考が始まるので
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