FC2ブログ

Arena Condition

AM 10:15 February 21, '11(Monday)

今にも雨が降り出しそうな曇り空で、少々強い風が吹いています。

 思いがけず昨夜シトシト雨が降って、回復していた馬場が、可成り水を含んだ状態になってしまいました。水溜まりはできていません。

 これから午後に掛けて、晴れてくるような予報になっていますが、本当でしょうか。



 「自分の声を聞け」

 大脳を使う領域と使ってはいけない領域があるという話を、この頃良くこのアリーナコンディションで話題に上げている。
 特に日本の知識専横教育を受けた人達は、この領域の境界線をもっている人が少なくて、大脳が介入してはいけない領域へずかずかと入り込んで、人間が向上するのを邪魔し、感覚的に受けている情報を遮断したり勝手なフィルターを掛けたりして、その情報を変質させる。

 受けている情報を変質させるものだから、その解釈も当然違ったものとなって、その後の行動も的外れになってしまうから、一向に望んでいる結果を引き出すことができない。

 初心者を見ても上級者を見ても、体で感じている不安や不満足が行動の至る所に現れているがその声を、大脳が持っている知識や常識をバックデータとして遮断してしまう。
且つ、体で感じているがために現れている行動にまで介入しようとするのである。

 少し気をつけさえすれば、その声を聞くことができる。

 感じている不安や不満があると必ず体の何処かにそれが表れるもので、不安を感じているから体の何処かで強張っていたり、不満に思っているから体の何処かで解放できなかったりしているもので、知識や常識に囚われないでその声を聞かなければならないし、その声を聞くことができれば、理に叶った行動をとることができるのである。

 大脳が持っている知識や常識は、体で感じている不安によって起こる緊張や強ばりに対して、この緊張を懲罰しようとする。
 緊張してはいけない、強張ってはならないという判断をして、直接的に緊張したり強張ったりしている筋肉をコントロールして、緊張や強張りを取り除こうとするのである。
 このように大脳が介入して、直接的に筋肉をコントロールしようとすると、別の筋肉に緊張や強張りを作ってしまい、何も効果を出すことができないばかりでなく、事態をもっと悪化させてしまうのである。

 また、大脳が持っている知識や常識は体で感じている不満に対して、不満を感じているからこそ心から解放することができないのに、意識的に解放しなければいけないという義務を課すのである。
 この結果、「つもり」という表現に該当する行動をとるようになるのである。「つもり」に該当する行動とは、心から解放できないし許すことができないのに、強制的に解放しよう許そうとするから、本当に解放したり許そうとしたりすると直ぐに不満足な状態に陥る弊害を起こすから、解放したつもり、許したつもりという偽装をするようになって、これを慢性的に続けていくと「つもり」の行動を、実際にやっているという勘違いをするようになるのである。

 大脳が持っている知識や常識が間違っているわけではないが、不安によって起こる緊張や強張りもまた理に叶っているもので、不満によって心から解放したり許したりすることができない行動もまた理に叶っているのである。

 この行動を、強制的に取り除こうと大脳が介入してしまうことに、大きな問題があるのである。

 このような場合は、不安を感じているから緊張しているわけであり、満足していないから解放できないのだから、不安や解放できない原因を取り除かなければならないのである。
 不安を感じてはならないとか、解放しなくてはならないというように、大脳が介入して義務化してはならない。

 不安であれば、不安の原因になっている要因を何らかの方法で取り除くことをしなければ、本当に不安を取り除くことはできないのであり、不安の原因を取り除くことができさえすれば、自然に不安から来る緊張や強張りをしなくなるのである。

 また、解放や許すことができない場合、解放できない原因は心から解放できる状態を作れていないからであるから、もっと今やっていることを徹底して、体が自然にこれで良いという感覚を得るまでやれば、自然に解放することも許すこともできるのである。

 体が感覚的情報によって起こしている緊張や強張りは、正しい反応なのだという理解をしなければならない。
しかし、大脳は技術が未熟だからというところに原因を持っていこうとするもので、このことは正しいことだが、未熟であることは正しくとも、直ちにその原因を取り除くことはできないから、未熟であることを前提にして、不安を取り除くことを考えなくてはならないのである。

 解放したり許したりできない場合も同様で、感覚的に解放したり許したりできる状態を作れているという実感を得られないから、解放したり許したりできないわけで、大脳が持っている知識や常識を下に判断して、この場合は解放したり許したりしなくてはならないという義務感で、解放したり許そうとしても感覚的に納得していないから、警戒しながら解放しようとしたり、リスクに備えようとしながら許したりしようとするから、中途半端になってしまうので、解放したり許したりすることにおける効果が現れないのである。

 このとき大脳は、解放したり許したりしているのに、効果が現れないのは可笑しい可笑しいと思うだけで、体が解放したいとか、許したいと思っているのか、本当はそうしたいと思っていないという声を聞こうとしないのである。

 解放したり許したりできるような状態を作れれば、自然に解放や許したいと心から思うようになるのだから、今やっていることをもっと徹底して、心から解放や許したいと思える状態を、作ることに専念しなければならないのである。

 今体に起きている現象を、否定ではなく肯定的に捉えて、必然性があって起きている現象なのだという受け取り方をして、自然に望んでいる体の反応が起きるには、どうしたらいいかというように考えなくてはならないのである。


 先ずに、自分の体の声を、真摯に聞くということから始めなくてはならない
スポンサーサイト



プロフィール

eldorado ranch

Author:eldorado ranch
eldorado ranch
Arena Condition

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブックマーク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カレンダー
01 | 2011/02 | 03
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード