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Arena Condition

AM 10:15 October 26, '10(Tuesday)

 今朝は、雨も止んでこれから晴れるようです。でも気温はどうもあまり上がらないようです。

 天気が良いのも明日までで、木曜日から週末にかけて雨模様になってしまうようです。

 雨を恨む気持ちが湧いてくると、思い出す言葉がある。

 「五風、十雨」

 意味は、五日に一日は、風が吹き、十日に一日は、雨が降るということで、自然とはそういうものだから、そんな天気を恨むなどという気持ちを持つものではないという教えで、自然をあるがままに受け止めて生きて行きなさいということだ。

 この言葉を知ったのは、十代後半の頃だったと思うが、自分にはない心のゆとりというものを知ったような気がして、何かにつけて焦ったりどうしようもないことを恨めしく思ったりするような気分になったときには、必ずこの言葉が浮かんできて、全体を俯瞰して、できることしかできないのだからという気にさせてくれる言葉である。


  「選択の領域」

 選択の領域とは、選択する領域と選択しない領域の差、つまり、信憑性の選択であれば、「信じる」領域と「信じない」領域とでは、どちらの領域が広いと感じるかである。
 それは対象となる事象によって違ってくるし、好悪でも、情報量でも、知識の深さでも違ってくる。

 明らかに信用できると思える事柄であれば、「信じる」という選択と「信じない」という選択では、「信じる」という選択の領域を広いと感じる。その逆に、常識的に怪しいと思えることにおいては、「信じる」と「信じない」では、「信じない」という選択の領域が圧倒的に広いと感じるのである。

 この圧倒的に広いと思える領域の選択をしたときは、人はその選択する根拠を改めて考察しない傾向にあり、狭い方の領域を選択した場合は、その選択の正当性を自分あるいは第三者に納得させるために、選択の根拠を探索して理論武装しようとするのである。

 また可能性の選択であっても、同様である。

 しかし信憑性の選択の場合と可能性の選択との場合では、多少根拠を探索する度合いが違ってくるかも知れない。
 一つの法則として、選択する領域が選択しない領域と比べて、狭ければ狭いほどその根拠を探索する傾向にあることは間違いないが、可能性を選択する場合は、その選択の正当性を証明するために、自らが関与しなければならない要素があって、自らが関与しなければならない要素が大きければ大きい程、その選択の根拠を探究する傾向が出る。しかし自らが選択したことを実証するために、関与しなくてもいい方を選択した場合は、あまりその根拠を探究しようとはしないのではないだろうか。

 要は、自分が選択の根拠を探索しようという発想が、自然に起きれば問題ないのだから、どんな選択をしてもその根拠を詮索すればすむことである。しかし人は、必ずしも選択した根拠を探索しようとはしないので、必ず探索するようにするために工夫が必要になるのだ。

 そのために、敢えて選択するのを、根拠を探索する方の選択をするようにしてみてはどうだろうかということである。つまり敢えて領域の狭い方を選択して、必然的にその根拠を探索せざるを得ない状況を作ることが必要なのではないだろうか。
 また、実証するのに自分が関与しなければならない方を選択することによって、これも必然的にその根拠を探究する状況が作られるのではないかということである。

 これまでの歴史上悲惨な選択が幾つもある。

 悲惨な選択は、大多数の人や大衆が、根拠もなく選択してしまうことから始まる。

 例えば、ヒトラー率いるナチスドイツが圧倒的な大衆の支持を得て、独裁体制を確立して大量虐殺という悲惨な惨劇を繰り返した。どんな天才的な政治家であってもヒトラー一人の力で、こんな事を成せるはずはなくて、大衆の支持あっての力であったことは確かなことだ。しかし何故、ヒトラーの独走にブレーキを掛けられなかったのだろうか。
 それは圧倒的多数というという領域を作るのは、たった一人の選択から始まるにも関わらず、その選択をする一人一人が選択する根拠を、探究することを止めてしまって、圧倒的多数という選択の領域の広さに選択肢の優越性を感じて、根拠を求める行動を停止してしまったが故に起きた惨事といえる。

 人は、選択領域の広い方を選択するときに、その選択の根拠を思考しないで決定してしまいがちで、それは大変危険なことなのであることの証明を、歴史は教えているのである。

 人生は選択の連続であり、その選択が人生そのものを形成していると言っても過言ではない。だからこそ、選択する根拠を探究しておくということは、当然のことで怠ってはならないことなのである。しかし、日常的に起こる出来事の度に立ち止まって、一々選択の根拠を探究するのは煩わしいから、大多数が選んでいるからといって安易に選択してしまう。その時に大きな損失が始まってしまうかも知れない。

 誰でもが、選択するときに必ずしも大多数の方を選択するとは限らない。只少数派を選択するときは、その根拠となる要因をこれでもかというほど探究するのであるから、一つの工夫として、大多数を結果的に選択することになったとしても、敢えて少数派を選択することを意図的に仮定すれば、必然的にその選択の根拠を探究することになって、自分にとって確固たる根拠をもって選択肢を選ぶことができるのである。












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