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Arena Condition

AM 9:00 July 4, '10 (Monday)

 昨夜集中豪雨がありまして、一挙に乾燥していた馬場に水たまりができました。今が水たまりは消えましたが、ぬかっています。

 久々の悪コンディションの馬場です。


 「脳の補填」

 我々人間の目は、水晶体を通って網膜にフォーカスした映像を見ているのだそうだ。
しかし、我々がくっきりとした映像としてものを見ているので、網膜に映し出している映像がくっきりしているものと思い込んでいるがそうではないらしい。可成り漠然としたというか、ぼやけたというかそんな映像としてしか網膜には捉えていないのだそうだ。しかし我々はくっきりした映像を見ているように思えている。それを脳がぼけた映像をそれまでの経験や想像で補填して、くっきりした映像として見ているように思えているらしいのだ。

 ということは、人によって同じものを見ていたとしても、経験や想像しているものが違えば、見えているものが違ってしまっているということになる。

 自分の経験や知識や訓練度やイマジネーションや延いては性格によって、ものの見えているものが違ってしまっているということになる。

 そのようにいわれると確かに、熟練した人が見ている映像と初めてそれを見る人では、全く見えるものが違っているということが良くある。

 それは目で見るものだけでなく、体験も感じるものも文章を読んでも人の話を聞いても、実際に手や肌で感じていることは、その人の経験や熟練度で可成り違ってくるものだ。

 つまり感じていることや目で見ることなども、実際に肌で感じていること、目に映っていることに対して、脳がそれまでの経験や学習や訓練や性格などによって、可成りの範囲を補填して感じていると思い込んでいるということなのである。

 つまり、見ていると思っていることや感じていると思っていることでも、自分の訓練度や熟知度や性格などによって、見えていることや感じていることが違ってしまっているということを知っている必要がある。これを知っていれば、これらを差し引きして極力客観的なものとして、見たり感じたりすることができる。

 物事を成し遂げるには、諦めずにやり続けることが極めて重要である一方、自分で見たり感じたりしたことでも、可成りのチェック機能を発揮して捉えなくては、思い込みでものを見たり感じたり判断してしまうリスクを回避しなくてはならないこととは、相反してしまう。
何故なら自分が信じるまま誰が何といってもまた何度失敗したとしても、やり続けることと、見えているものや感じているものが信ずるに足るほど客観的ではないと思うこととは反するからだ。

 実に難しい。

 自分の意志を曲げずにどこまでもやり続けることと、自分が見えているものや感じているものが、危ういもので信ずるに足るほど正確でないとすると、我々は何を信じて、自分に自信を持てばいいのだろうか。


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