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Arena Condition

AM 9:30 May 27, '10 (Thursday)

 馬場状態はやや重程度の昨日は回復していたのですが、昨夜の雨で不良馬場になってしまいました。

 しかし、今日一日で回復すると思います。


「未明の花火」

 半農半漁の田舎町の晩秋の未明に、花火の轟きが鳴り響いた。
 この花火で、親父の知人達は、待ちに待った次男坊が誕生したと思ったのだった。

 私の生家は、当時としては珍しくはなかったのかも知れないが、男尊女卑の家柄で兎に角男の子が尊ばれていて、ご多分に漏れず親父も男の子が欲しくて、それまで親父は、長女次女と二人の女の子の次に長男が3番目に生まれてから、次も次もその次も女の子だった。
 3女4女5女と立て続けに女の子が生まれたものだから、5女が生まれたときには暫く男の子の格好をさせて、頭を坊主にしていたくらいだったらしい。
 そして、周りの人達へこの次男の子が生まれたら花火を上げるとふれ回っていた。

 戦後間もない頃は、年末より恵比須講の時期に大売り出しが行われていて、1951年(昭和26年)11月27日は、その大売り出しの初日で、町中に知らせるが打ち上げ花火が未明に上がったのだった。
 それを親父の知り合いだった人達は、男子誕生だと勘違いして、喜び勇んで人が集まったらしい。そしたら嘘から出た誠じゃないが、本当に男の子が生まれていたのだった。

 こんな出来事があったものだから、後年私が大きくなってから「お前が生まれたときは、花火が上がったんだ。」と良くいわれたものだ。

 私が生まれた家は、7月20日に漁が解禁になって大晦日に終わり元旦から半年余りの禁漁期間に入るような、一年を半年で暮らすような網元だった。

 最盛期の7月から秋にかけて従業員が100人以上いて、1月から6月ぐらいまでは、5人位になってしまうような家だった。
 そんな環境で育ったものだから、春から夏に向かっていくときは元気が出てきて好きな季節なのだが、夏が終わって晩秋に向かっていく季節は、もの悲しく感じて嫌いになってしまった。

 母親がいうには、最盛期には1日にご飯を1俵炊いたといっていた。

 竈は、4つ口がついていて、釜は4升炊き、一つの釜にいつもお湯が沸いていた。大きな竈の他に、小さな竈は二つほどあって、そこでは煮炊きしたり味噌汁を作ったりしていた。
 燃料には、薪を使っていたような気がする。七輪で魚を焼いたりして、そこでは炭を使っていた。

 偶によその家の竈の釜を見たとき、余りにも小さくてまるで玩具のように見えた。そんな折々の体験からか、どうも自分の家は普通ではないらしいと思うようになった。

 食堂は、24時間いつでも食事ができるような状態だった。

 そして飯炊きのおばちゃんやおねぇちゃんが大抵は、5~6人位いたものだった。
 この飯炊きのおばちゃんが、俺たち子供の育ての親にもなっていた。

 どこまでが家族で、どこまでが従業員でどこまでが取引業者で、というように境目が子供の目には分からなかった。

 お風呂は2カ所会って、一カ所は従業員が沖から上がってきたときや住み込みの従業員のためのもので、燃料は練炭を使っていた。そのお風呂は、井戸が5mぐらいは慣れたところにあって、風呂桶は木の桶で、井戸と風呂桶の間を孟宗竹をくり抜いたパイプで繋ぎ、手押しポンプで水を汲んでいた。

 もう一カ所は、小学校低学年にできたタイル風呂で、大人だったら3~4人位は入れるぐらいの湯船の大きさだった。水道の配管がされていて燃料はガスが使われていた。しかしシャワーなどといった気の利いたものはなかった。

 ずうっと後々東京で一人暮らししていて、家へ電話をしたとき誰もいなくて出なかったときに、愕然としたことを覚えている。何故愕然としたかというと、家に誰もいないことが信じられなかったからで、家が落ちぶれた感じがしたものだった。

 不合理が気に入らない。

 子供の頃からどうしても不合理が許せない。自分の中で、基準があってその基準に照らして、筋の通らないことや不合理なことはどうしても納得できなくて、そこに甘んじる自分を許すことができない。

 15歳の頃からそんな性格が際立ってきて、周りの人間との摩擦が頻繁になってその摩擦のたびに相手を制覇して、制覇する喜びに目覚めて正義感と男気を実感して生きてきた。
 10代の後半に東京へ出てきて一人暮らしをするようになって、大人の社会の仲間入りをするようになって、益々その摩擦は増えていった。
 時々自分の性格を恐れる自分がいた。
 一瞬の出来事でも筋が通らないと思うと、どこまでも突き進んでしまうので、このまま突き進んでしまうと自分は破滅してしまうという恐怖心に苛まれるが、そこで躊躇する自分が許せないので、結局突き進んで摩擦を起こしてしまう。

 あるときこのままでは、自分が破滅するし誰もついてこないと思って、自分のことは律するけれどそれを周りの人に求めないで、隣人を許すことにした。

 何故、不合理が許せない性格になってしまったのか、分からない。

 持って生まれた性格だろうと思う。

 赤ん坊の頃、中々泣かない子供だったらしいが、一旦泣き出すと泣き止まなかったらしい。

 私の頭には、大きな傷がある。
 その傷は、母親に買い物を頼んでそれを母が忘れて帰って来たのを腹を立てて、我慢ならずに怒ってムカムカして三輪車に乗って、乱暴に乗ったので三輪車が壊れてひっくり返ってしまった。

 丁度その日、炭焼きのために庭で製材をしていて、発動機が甲高い音を響かせて働いていた。その発動機のフライホイル(弾み車)にプーリーという円筒の突起したパーツを着けて、そこに幅20cm位で長さ3m位のベルトをはめて大きな丸鋸を回し、製材をしていた。

 一年間で使う燃料である炭を焼くために、材料の木を一山買って切り出して、その材木を庭まで運び込んで製材して、実際に炭を焼くのはどこかに依頼して焼いてもらっていたのだろう。

 三輪車でひっくり返ったとき、発動機のフライホイルに頭を打ち付けて、大怪我をしたのが、今でも傷になって残っている始末だ。
 その時のことは良く覚えていて、母があれほど約束したのにその約束を忘れたのが許せずに、腹を立てた。その怒りが収まらずに三輪車に乗って暴れたのだった。
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