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Arena Condition

AM 10:00 March 24, '10 (Wednesday)

 昨夜8時過ぎに雨が降り出して、今日一日と明日午前中まで降るようです。

 馬場は、少し水が浮き始めました。

 週末は天気が良いようですが、明日まではだめです。

「正解の帰結」

 何か問題や課題や疑問が湧いたときに、その解答や解決にために正しい答えを求める。つまり問題や課題や疑問を持った時点で、同時に正解を求めているということだ。

 問題の定義によって、正解は違ってくる。
それは、問題を解決する方法について答えを求められていればその方法が正解となり、問題を解決した結果どうなるかが求められればその結果としての値が正解となる。

 そこで正解とは、どういうものなのだろうかという考察をしてみようと思う。正解の正体を探してみようということだ。

 正解の正体を考えるなんて、普通には考えもしない。

 正解は何だろうというように探すことはあるが、あらゆるものの正解とは、どういうものなのかを考えることはあまりない。

 ここまで読んだ人は、この正解の正体云々という意味が分からないのではないだろうかと思う。

 テストの解答に対して、学校の先生などの第三者に正解かどうかを審査されて、○がつくとそれが正解で×がつくと不正解で、それを自分が納得して正解であることを確認する。
 しかし、実際の社会において、湧いた疑問や問題に対して第三者が審査してくれるということは少なくて、何らかの結果を得たときに正解であったかどうかを確認するというのが日常だ。

 只、結果は必ずしも解答した答えが正しいときだけにおいて、望んだものになるとは限らないから、結果だけで正解だと信用するわけにはいかない。

 結果だけを正解かどうか判断する要因として考えていると、とてもリスキーだ。

 結果が悪い場合でも、自分で出した答えが間違っているとは限らないから、不正解だと判断してしまうとリスクが大きい。
 何故なら、結果が望んだものにならないのは自分が出した答えが間違っていおるからだと思ってしまうと、他の何らかの要因が働いたことを見ないで、違う答えばかりを探してしまうことになる。そして本当の正解や望んでいる結果を出せるまで途轍もない時間がかかってしまったり、最終的に結果を出せずに諦めたりする羽目になってしまうこともある。
 また、結果が良かった場合でも、自分で出した答えが正しいと丸呑みしてしまうと、正しいと思い込んで絶えず同じの解答をして大変な間違いをしていても気づかずに、最終的に大きな失敗を生んでしまうことにもなる。

 だからこそ、正解の正体を知っていることはとても大切ではないかと思う。

 正解の正体を考察するには、疑問や課題や問題の発生した時点に戻る必要がある。発生した時点とはそれらを認識した時点ということで、違和感や不安感や欲求や不満や安定感などのような感覚を持った時点ということだ。

 紙面上の問題であってもフィジカル運動での疑問でもあっても、何らかの解答を探求したいという感情が湧くということは、不明感や安定感や違和感などといった何らかの感覚が湧き起こったからだ。
 つまりその湧き起こった感覚に対して、不安定感を感じたのであれば安定感を感じてすっきりしたいと願い、そのための方法を求めるし、不明感を持ったとすれば、それを解明して得心したいと願い、そのための論理やメカニズムを探求するということになる。
 そしてその得た解答によって得心したり不安定感が安定したりして、問題が処理解決される。
 そこで重要なことは、疑問や問題だとして認識した感覚が、解決したという実感だ。その実感が、正解の正体だ。

 つまり正解の正体は、疑問や問題と認知した感覚の中にあるということで、もし疑問や問題だと認知したのが感覚ではなくて、義務や強制や感覚抜きの考えなどによって出発していると、正解は自分の中になく資料やデータの中にあるということになってしまう。つまり感覚的にすっきりしようがすまいがそんなこととは関係なく、論理的思考の上に正解が存在するということ
 
 そのことが何故悪いというように思う人が多いことでしょう。

 人の感覚は曖昧で、信ずるに足るものではないという見方がある。その通りだが、その曖昧な感覚をより正確にと鍛錬することが、勉学だろうと訓練だろうとその本来の目的で、多くの知識を記憶することではない。

 感性を磨くとか発想や創造性ということは、この感覚を起点とする疑問や問題意識を処理解決したときに得る新たな感覚によって、解決したという実感を体験として繰り返していくことによって、感性が磨かれて閃きや新たな創造を作る根源となる能力を培う。

 勉学であってもスポーツや技能的なことであっても、全ては感覚的に起きる疑問や課題や問題意識から出発して、資料を収集したり解決法を見つけたり指導を受けたりして、正解を探して行動したり訓練したり考察したりして、出発点で起きた感覚が解決できたという実感を得たときに初めて正解を知る。
 勿論この正解を得る過程において何度も正解だと勘違いしては、不正解に気づいては正解を探求する繰り返しをする。

 こうして幾つかの疑問や課題を解決していくと、共通する感覚を得ることになる。すると違った幾つかの課題や問題であったり違った結果であったりしても、この共通する感覚によって、ものごとのコアとなるものが見えてきたり、本質というものが見えてくるようになる。
 こうした繰り返しはものごとの本質を突き詰めるような体験や学習となり、まだ体験したことのないような感覚を想像して技量を進展したり、新しい発想をしたり、まだ見たこともないものを創造したり、突然の閃きが画期的な飛躍を可能にしたりすることへと繋がる。

 正解は、自分の感覚の中に見出すものなり。
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