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Arena Condition

AM 10:00 February 23, '10 (Tuesday)

 薄日が差して、少し雲がありますが穏やかです。

 馬場は、大分回復して、机上には差し支えないです。

「能力の本質」

 能力の本質は、よく分からない。

 科学の発達によって解明されていることは、大分増えているようだが分かっていないことの方が遙かに多い。

 どんな能力があれば、何が理解できたり何ができるようになったりするのか良くわかないというのが本当で、だから自転車が乗れるようになる為に自転車に乗ることで練習をしたり、字を書けるようになる為に字を書いて練習をしたりする。
 しかし自転車に乗れるようになる為の能力の本質を解明できれば、自転車に乗って転ぶことを繰り返して練習するという非効率的な練習法をしなくて済むかもしれないし、字を書くための能力がどういうものなのかが分かれば、何枚もの紙を無駄しなくても済む訓練の仕方があるかもしれない。
 しかもこのような練習の仕方は、何度もの失敗と思える経験を積むことで、その能力を身につけるという極めて稚拙な方法なのだ。

 能力の本質を知るということは、科学の世界や学者の仕事だけだと決めつけているのが常識で、一般の社会では解明できないことだと思っている人が多い。

 また、できるということと知るということは違う。

 知るということには2つあって、知識として記憶するということと体験として記憶するということだ。

 体験として記憶するということは、体を動かし五感を通して物事を記憶するということで、知識として記憶するということは、五感を通さずに記憶するということだ。厳密に言うと五感を通さずに記憶することはできないが、比較的体験を伴う記憶と、体験を伴わずに本を読んだり人の話を聞いたりテレビを見たりして、記憶した知識とは大きな違いがある。

 体験を伴う記憶があることによって、知識としてだけ知ることでもその物事の本質を想像し理解することに近づけることができる。つまり体験を手がかりに想像力を発揮して、知識としての情報を単に知るということではなく理解するということに近づけている。

 一般的に学校で勉強して、色々なことを知識として記憶する。
 例えばかけ算の九九をする場合、九九を暗記する。暗記をするとかけ算ができるようになると思っている。誰も疑いを持つことはない。
 しかし、九九を暗記することとかけ算ができることとは本質的に違う能力なのだ。足し算のメカニズムを理解して、その計算をもっと効率よくできる方法として、かけ算の方式を勉強する時期と同じ頃に九九を暗記するものだから、九九を暗記すればかけ算ができるようになるものだと思い込んでしまう。
 方程式の勉強をするようになると、方程式を受験のために暗記をする。方程式を暗記するによって、数学的な能力は身につかない。
 これと同じことは、受験のために英語の単語を暗記することだ。暗記をすることによって受験に有利になるもしれないが、会話できるようにはならない。

 知るということとできるということは違うし、知るということと理解するということも違う。

 つまり能力とは、何かを理解したりできたりという力で、知識や記憶ではない。これからの時代は特にそうだ。何故なら、情報は、簡単に検索して掘り出すことができるから、その情報をどのように活用したらいいかを、理解したりその情報を活用できたりする力が重要になってくる。

 能力は、理屈が分からずとも身につくものだ。理屈を知ることなしにできようになれるし、論理を知らなくても物事を理解することができる。
 例えば、どうしたら自転車に乗れるようになるのかを知らずとも、自転車は乗れるようになるし、コンピュータのメカニズムを知らずとも、コンピュータというものを理解することはできる。
 しかし何故できるようになったり理解できるようになったりするかは、それまでにできるようになったり理解できるようになったりした経験があるからで、その実体験による裏付けが、イマジネーションを作り色々な可能性を引き出して実現していると言える。
 初めて見るものを、大凡こんなことなのだろうと概略をつかんだり、初めてする経験でも、こんな工夫をすればいいのかもしれないというように想像したりできるのは、
それまでの経験則なのだ。
 だからこそ能力を身につけるには、体感で得た感覚を論理的に解明しようと試みることが大切で、得た感覚に対して絶えず疑問符をつけて、その疑問符の答えを探すことが大切なのだ。

 体感で得た感覚を論理化することによって、単に知識として得た情報を、これまでの経験を論理化して理解したことを手がかりに、実態を想像して理解できたり活用したりできることにつなげることができる。
 つまり能力が高まるのだ。

 知識として知らなくても体でできるようになることはできるし、物事の本質を理解したりできるようになれる。しかし知識を得ただけでは、理解したことにはならないしできるようにはならない。
 しかし、五感を通して記憶したことを論理的に解明しておくことによって、一見その体験とは関わりのないようなことについて、単に知識として得た情報だとしても、その実態を想像したり体で再現したりすることができる。つまり実態を想像したり体で再現できたりすることが能力だということなのだ。

 ここでいう論理的とは、学術的にという意味ではない。例えば自転車に乗れる能力とは、バランス感覚だ。しかしバランス感覚というものがどんな能力なのかは分からない。只、バランス感覚を阻害するのは、恐怖心や不安感による意識による緊張だ。バランス感覚の能力を増幅させることは短時間ではできないから、自転車に乗れるようになるためには、そのバランス感覚を阻害する要因を排除することが唯一できることだ。
 このようなことが、論理的解明だといいたいことだ。

 つまり論理的に解明するということは、五感で得た感覚について疑問符を持ち、その感覚のルーツを辿るということだ。
 今得た感覚は、何が原因でそう感じたのかというように、直前の原因を順々に辿っていって、ルーツへと辿っていくことを何事についても怠らずに解明しておくことによって、物事を理解したり可能にしたりするためのファクターを、重要度や優先順や手順などで整理して、身につけることができる。
 このことができていることは、物事を理解したりフィジカル的にできるようになったりする能力を飛躍的に高めることができるのだ。

 能力の実態は、よく分からない。分からなくてもできるようになれる。しかし、能力を限りなく増幅させるためには、五感を通して得た感覚を記憶することが必要で、その感覚を記憶するためには、そのルーツを解明して最大公約数を見つけておかなければ、感覚の記憶を際限なく積み上げることができない。
 知識にも同様のことが言えて、情報を得る度に記憶するだけでは、実際に必要な情報を必要とするときにタイミング良く引き出すこともできないし、際限なく記憶することは際限なく忘却することになってしまうのだ。これを避けるためには、情報を論理分析したりして多くの情報の最大公約数を求めて整理して、記憶するようにしなければ、知識を際限なく増幅することはできない。
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