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Arena Condition

AM 10:00 February 16, '10 (Tuesday)

 霧雨が煙るような空模様の朝です。でも雨は降っていません。

 花粉症の方は、その訪れを少しずつ感じているのではないでしょうか。私にもくしゃみが出てきて、そのくしゃみが快感です。


 昨夜ずっと雨が降っていましたので、馬場は相変わらずの状態で、ぐちゃぐちゃです。

 「迷路の出口を見つけるシステム」

 人生の迷路において、その出口を見つけることができるシステムがある。

 80%の必然性と20%の作為によって、そのシステムを機能させることができる。

 20%の作為とは、自ら意識的に作動しなければならなくて、このパーツは必然的に自動的には機能しないという意味だ。
 一方80%の必然性とは、何ら意識的な作用をさせることなく、自動的に誘導されるようにある方向性を示す行動になるという意味だ。

 目的を叶えるということは、シーソーの片方に載っている重い荷物をその反対側のバケツに水を汲み、荷物をオーバーする重さの水を溜めるようなものだ。つまり水を汲んで溜めてその重量で荷物を持ち上げるというように、目的を叶えるということを例えることができる。

 余談かも知れないが、水をバケツ一杯に汲むこと自体が目的ではなく、目的は飽くまでも荷物を持ち上げることだ。しかし時として、水が近くになかったり汲み上げるのに複雑な作業が必要だったりしたときに、人は水をバケツ一杯にしたり汲むこと自体が目的であるかのような勘違いをしてしまうことがある。またバケツが壊れていて水漏れしてしまうので、先ずバケツを修理しなければならなくて、その修理している内にその職人になってしまう人もいる。
 それはそれで一向に問題はなくて、その人にとっては壊れたバケツを修理することが目的になって、その為の技術を身に付けるということがやらなければならないことに変化したということだ。

 我々人間の行動には、目的と作業とがあって、目的を達成しようとして局面において行動する作業が、その目的とのリレーションシップ(関連性)が繋がっていなくては、その作業によって一向に目的が叶うことはない。
 しかし作業をする局面において、その結果が目的に適うかどうかがはっきりとしているということは希だ。
 人類初のことを発明したり発見したり解明したり創造したりすることは、特に局面で作業していることが、それらに繋がるのかどうかは神のみぞ知ることだ。しかしその目的に繋がることを想定して、色々な作業をする。勿論違うこと想定していたにも関わらず、あるものが偶然に発明されてしまうことがある。

 我々は、自分を訓練したり何かを作ろうとしたりする場合、既に先人の成せる技であることが多いので、自分が初めて経験するにも関わらず誰かが既にやっているからといって、あらねばならない正しいことがあって、それ以外は全て間違いややってはいけないことだという先入観を持ってしまっているものだ。
 正しいことや間違っていることが存在するのは、紛れもない事実なのだが、自分が目的を目指して行うことは、全て前人未踏の領域へ足を踏み入れることなのだから、何が正しくて何が間違っているのかを知っている人はこの世に存在はしないのだ。

 だからこそ目的やゴールとなるイメージを想定して、局面における水汲みをしなければならなく、その水汲みがその目的やイメージするゴールと繋がっているのかどうかが重要になる。

 そこで、目的やゴールを目指す場合に作為的に行わなければならない20%は、目的やゴールを持つことや結果を想定したり望ましい仮説を立てるということだ。

 目的を目指すのだから目的を持つというのは当たり前すぎることだが、できる限りその目的を具体的に意識できるようにしておくことが重要だ。
 科学者が実験をするとき、結果を事前に想定して行うつまり仮説を立てて実験を行うのと同じことなのだ。
 誰でもが少なからず目的や結果を想定しているものだが、波や斑があったり抽象的であったり、局面において困難にぶつかったり暗礁に乗り上げたりすると、ついつい目的や想定した結果との関連性を忘れがちになる。

 目的を持つということは、目的を達成したときの結果を想定して、つまり目的を達成したときの具体的な結果を仮説として立てて、作業を始めなくてはならないし続けなくてはならない。

 目的を成し遂げたときの結果を仮説として立てることは、目的を持っているといって自動的にできるものではなく、意識的に自分にその責務を課すことなしに行えることではない。
 目的は、自分の生命の危機に直面すると自覚するようなことは、誰でもが必然的に目的を持ったりその目的を達成したりした時を想定して、日々の局面における作業つまり水汲みをすることができるものだ。
 しかし生命の危機に晒されるようなこと以外の目的となると、意識的に仮説を立てることをしようとしなければできるものではない。

 さて、仮説を立てるとどんな効果を上げることができるのか。

 水汲みをすることと荷物を持ち上げることは、一見何の関連性もないことに思えることだ。だからこそ水を汲む作業をしているときに、意識下に荷物を持ち上げるということが絶えずなければならない。
 バケツに穴が開いているかも知れないし、違うバケツに水を入れているかも知れないし、シーソーに載せていないバケツに水を汲んでしまったりして、何時まで経っても目的を叶えることができなかったり、手順を違えてこんなことなら直接的に作業を行ったりした方が良かったということになってしまう。

 作為的に目的やその目的を達成した時を想定しておくことは、局面において行う作業やその作業の進捗が、想定したことに即しているのかどうかを絶えず検証できて、局面の作業が目的に逸れたり間違っていたりしたとしても、想定した仮説に照らして自動的に軌道修正や変更をすることができる。

このことは、局面において色々なアイディアや発想の転換など創造的な挑戦に大きな勇気を与えることになる。何故なら、どんな挑戦をしようが間違ったと後で思えるようなことをしたとしても、想定した仮説に照らすことを怠りさせしなければ、結局は結果を出すことができるし、そのできるという安心感がより自分をクリエイティブにすることを可能にするのだ。

 目的と局面の作業とのリレーションシップが絶えず行われていれば、どんな迷路に差し掛かろうともどんな複雑な作業であっても、何れ出口を見つけることができる。

 仮説を立てて物事を始めることは、局面における作業を自動的に必然的にゴールへと導くシステムを構築する。

 前人未踏の業績を修めるのは、能力や才能の問題ではなく、このシステムを自分に構築できているかどうかにかかっていることなのだ。
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