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Arena Condition

AM 10:15 November 10, '09 (Tuesday)

 今日も穏やかで良い天気の朝です。でも夜半から明日から金曜日まで、しっかりした雨が降るようです。

 週末の馬場は、期待できませんね。


 これまで馬に対する基本的や原則的考え方や思考や感情のメカニズムを探求して参りました。そうすることによってそれぞれのライダーが、更にそのメカニズムを、自分のライディングに活かすように、考えたり訓練したりするものだというように思っていました。

 しかしそうは、問屋は下ろさなかったということです。

 メカニズムが分かったところで、それを自分の五感で感じて意識的にまで自分の身体を、コントロールできるようになってこそ意味を持つのだから、その感覚神経にまで論理やメカニズムを、トランスファーできなければ意味がない。

 ではどのように自分の感覚として実感できるようになる為には、どうしたらいいのだろうか。というように考えを何処までもすっきりと理解できるまで思考を続けるものだ。これが普通であり自然なことだ。しかしこのよな当然だと思えるような展開にならないのは何故なのだろうか。


 何かにトライしたときに、どう感じているのか。それは自分の感情的にではなくて、腕や手や足や背中や腰にである。

 そしてその感覚と結果を関連づけて、例えば太腿に圧力を感じると馬が思ってるスピードより速くなってしまうという場合、ただ馬のスピードが速くなってしまうということは有り得ないわけで、何処か自分の身体で何か作用してはいないのだろうか。ここではないだろうか。違うここではとというように探すしかないのだ。
 その探すのに手当たり次第にやっていくのではなくて、自分の身体の何処かで感じていることを手がかりに、それを一つ一つつぶしていくように、消去していかなければなりません。

 論理を過信する人は、論理馬鹿で生産性がなく、新しいものを自分で作り出せない。こんな人は、新しい技術やパフォーマンスができるようになるには、時間がかかりすぎて、何でそうなったかなんて理解できなくなった頃に、身体がこなせるようになるということでしかない。

 論理より身体の感覚で、今何が起きているのかに注目しなければならないのだ。そしてその感覚と結果を絶えず連携して考察しなければならないのだ。そして考察とは、あくまで自分の感覚から離れた処で、論理的に考察したところで意味がないということなのだ。

 例えば、腕の肘を上げなければならないときに、肘を上げると力が入らない感じがするという場合、肘を上げるという感覚にとらわれても良いし、力を入れるということにとらわれても良いし、それからそのどちらからも解放された感覚とはどういうものかということを追いかけても良いのだ。これらの思考と行動は、あくまで自分で感じた感覚を手がかりにしているということになるのだ。

 しかし、感覚を横に置いておいて、正しいこととはとかやり方とはという論理展開ばかりを追いかけていることは、愚かしいことなのだ。愚かしいと気がつかなければならない。

 あくまで自分が成長するということは、自分の感覚が、感じ取れる深さや微妙さなどを、的確に捉えられるようになるということなのだということを理解して欲しい。

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