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Arena Condition

PM 9:45 November 4, '09(Wednesday)

 今日は穏やかなお天気で馬場も大分回復して、ゲート付近はまだぬかっていますが、馬場全体は、騎乗に差し支えない程度に回復いたしました。

 明日はもって回復して、週末まで天気が続くようなら、ベスト状態になることでしょう。

 「システムと個別対処」

 システムでやって良いこととやってはいけないことと、個別対処としてやらなければならないことがある。

 善意や良心や向上心や貢献の誘導は、社会的な制度や構造としてのシステムとして整備し、社会的構造として構築することによって、インセンティブ要因のある社会で、各々個人がその要因に触発されて多様な発想や多面的な発展が創出される。

 しかし悪意や虚偽や偽善などを、制度やシステムによって社会的構造として根絶させようとすることは誤りだ。
 
 悪は、個別の案件として対処しなければならないことなのだ。
 
 もし悪を、構造的にシステムを作って対処しようとすれば、個人の良心や善意が機能しなくなって、国家機関やある一定の権力機構や権力者に権限が集中してしまって、ある一定の期間、国家や集団が偏った倫理観で偏向してしまうことになるのだ。

 例えば、第二次大戦のときのドイツのヒトラー政権や日本の天皇制がそうだ。

 第二次世界大戦に突入していった日本の社会環境に、その偏向が顕著に見られる。

 所謂思想犯などという人間の内面を罰するような社会的風潮と、戦力や国力を客観的に欧米と比較したり国家戦略を国民一般の議論としたりすることを、社会悪としたシステム構造が日本の社会から、自浄作用を消滅させてしまったのだ。

 例えば、当時日本の戦力を欧米と比べて、客観的にその劣勢を指摘しようものなら、法律違反ではないはずなのに、近所周りの人から差別されたり虐めにあったりしてしまうような風潮が生まれていたことがこれに当たるのだ。

 今の日本は、個人個人の見識や知恵や勇気や判断によって、健全な社会を作っていくという責任感があまりになさ過ぎて、何か事件が起きれば直ぐに法律や制度を作って対処することばかりになってしまっている。

 その反面、無農薬栽培の野菜や果物に社会的評価を与えている。

 無農薬栽培は、その植物の生命力を旺盛にすることによって、害虫や病原菌から身を守って育成するというもので、一つ一つの植物が病原菌や害虫と闘って、そして堆肥などの過保護にしてしまうような肥料もやらない、その生存競争へ第三者である人間が介入しないということなのだ。
 
 最近A型インフルエンザが巷を騒がせている。

 細菌の根絶を人間が考えるのは、自然に対する人間の奢りだ。

 個々に病気にかからないようにとか、かかってしまったら早期に治療することは大切なことだが、何でも抗菌や除菌されたものばかりを社会的に作ろうとすれば、社会全体に抗体が減退してしまって、何れ我々人間は、無菌室の中でしか生活できなくなってしまう。

 ウィルスを根絶すれば、我々人間のような高等動物も生存できなくなるのである。

 民主党が陳情を党の幹事長室で一括処理して、個別の政治家がその陳情を受けたり陳情活動をしたりしてならない制度を発表した。
 これを、マスコミも野党の政治家も民主党の政治家自身も誰も批判をしない。
 
 陳情に限らず多方面の産業団体や活動団体や個人からの要望を、聞き届けて政治活動へ活かすことが政治家の仕事なのに、それを一括して党幹事長に集中して、個別の政治家が受け入れたりその為の活動をしたりすることを、禁じてしまうというのは、政治活動そのものを禁じてしまうということと同じことを意味するもので、大変危険極まりないことだ。

 小沢幹事長は、政治家と産業団体や各種活動団体などとの癒着の構造を根絶する為に、この制度を作ったといっている。
 政治活動とは、癒着や権力の集中を表裏一体的に持っているもので、それを個別の政治家の行動を制限することで根絶しようという考えが、あまりに稚拙で危険極まりないことなのだ。
 癒着や利益誘導がこの社会にあることが健全なのだ。

 しかしこれらのことは許されるものではない。
 
 倫理観は、それぞれの政治家の資質の問題で、その資質の向上は、良心や善意や向上心や判断力や献身性などを誘導する社会的構造を作ることで育み、収賄や利益誘導的事件が起きたときは、制度やシステムで対処すべきことではなくて、個別に厳正に処理しなければならないことなのだ。

 政治家の癒着構造を無くすということは不可能なことだ。その構造的欠陥を、制度によってそれを一極に集約してしまうことはできる。しかしそれはとても危険なことなのだ。

 政治家の社会に癒着構造が蔓延していた方が、それぞれの局面や局部において自浄作用が働く可能性を秘めているし、その逆に癒着を作りやすくしてしまう面もまたあることも否めない。しかし、権力が一極へ集中するということを、結果的に防いでいるという側面を有しているのだ。

 しかし、その癒着の構造を根絶する為に政治家一人ひとりがそれぞれに陳情を受けたりその為に活動したりすることを禁じて、一極へその活動を集約してしまえば、その一極をリードするリーダーへ権力が集中してしまい、そのリーダーに自浄作用を強く律する意識が働かなかったら、大きな贈収賄や利権的政治が行われて、社会的損失を作りかねない危険を有してしまうことになるのだ。勿論、自浄作用や倫理観が作用すれば、癒着や収賄を無くすことができるかも知れないが、このことは良くても悪くても、ただ一人の権力を有するリーダーの一存で、社会の行く末が決まってしまうことになるということだ。

 善を誘導する為には、社会構造にその要素を誘導するようなシステムの構築が必要だ。しかし、悪と闘うということは、制度やシステムにその作用を委ねてはならない。個人個人や個々の現場で、一々対処して処理しなければならないことなのだ。

 善と悪はその発生源が生命力という同じ根っこからきていて、善も悪も全て生命力の成せる技なのだ。だから善の生命力が旺盛ならば、悪は減少し、悪が旺盛になれば善は減少するというメカニズムで、善は、義務や空腹や痛みなどの強制力によって増幅することはなく、むしろ食欲や願望や希望などの欲求によって増幅する。悪もまた同様に欲求によって増幅する。しかし善と悪の違いは、その欲求を満足させる為に、善は、何らかの間接的要因を具備して獲得しようとするもので、悪は、欲求を満足させる為に直接獲得しようとする。

 従って、善を誘導する為には、社会的構造やシステムによって誘導することが必要で、人々は技術力や判断力や知力など何らかの間接的要因を具備しようとして努力して、欲求を満足させようとする。

 しかし、悪は、直接的に欲求を満足させようとするので、システムや社会的構造として悪を禁じても、根絶することはできなくて、地下に潜ってしまったり、規則を破る人に特権を与えたりしてしまうことになるのだ。原則的に、悪は根絶しようとしてはならないもので、減少は図っても共存しなくてはならない存在なのである。

 日本と中国も日本と韓国も国際間の領土問題についても、個々の案件で主張しあっていることが結果的に安定を保つことができるのに、日本は個々に問題が生じても主張するということを怠って、その時の安定を優先してきたものだから、取り返しの付かない関係になってしまっていて、日本の国内問題に両国とも平気で干渉してくる始末だ。
 逆に日本が両国へ干渉しようものなら、大騒ぎになって始末が付かなくなってしまうような次第だ。
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