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Arena Condition

AM 10:00 November 3, '09 (Tuesday)

 今日は晴れましたが予報通り、風があり寒いです。

 馬場は、最悪状態です。

「感覚を自分へ伝える。擬音の勧め。」

 現代教育を小さいときから受けて育った日本人は、表意語である日本語を使っているせいもあって、身体で感じている感覚をそのまま表現することが苦手だ。感覚を論理的や比喩的に、言葉が持つ意味に翻訳して表現する。
 
 身体で感じている感覚をなるべく忠実に表現したり、その為に擬音を使ったりすることは、表現力がないとか粋でないとかいって嫌う傾向にある。
 そんな状況下にある日本人は、感じている身体の部分に直感しているのを、忠実にそのまま表現したり擬音を使ったりすることが苦手になってしまっているといえる。

 それは冷たいものを触ったとき、氷のような冷たさを感じたと表現する。また物を持ち上げようとしたとき、大地を持ち上げるような重さを感じて、抗いようもないような思いをした。と表現しがちだということでも分かることだ。

 自分以外の人に伝えるには、このように言葉が持っている意味に自分で受けた感覚をのせて伝えるのが通常で、誰もそれがいけないと思っていないし当たり前のようにやっていることだ。

 自分のフィジカルをトレーニングする場合は、感覚を訓練することによって鍛えている筋力や反射神経をコントロールして、パフォーマンスを実現していることになる。このトレーニング過程において、筋力や反射能力をコントロールできる感覚を訓練する場合、絶えず結果とその時に受けた感覚とを関連づけて考察して、改善を施して上達を期している。

 このトレーニング過程において、その瞬間瞬間に感じている感覚を、認識しながら改良を加えていくことがトレーニングなのだ。感じた感覚を認識せずには、改良を加える手がかりがなくなってしまうのだ。つまり今感じている感覚が、正しい結果を生み出していてもいなくても、改善や繰り返すときの有力な手がかりなのだ。

 多くの初心者は、今自分が感じていることは採るに足らないことで、本当のことや正しいことが身についてから感じることとは全く関係のないことで、意味がないと思っているから初めから無視する。

 また、指導者の多くも、初心者が感じている感覚に耳を傾けようとしないし、例え初心者がその受けた感覚を訴えかけたとしても、それはまだ分からないからだとか未熟だからだと断定して破棄する。

 子供が世の中のことや大人の会話に意見を挟もうとすると、必ず日本の親や周りの大人達は、「まだ早い」とか「生意気だ」とか「訳も分からずに」といって、否定的に断定をする。
 このことと同じ扱いを、初心者に対してする。このことが一般常識化してしまっている日本では、初心者自身が感んじている感覚を、自分で断定的に否定したり無視してしまったりするのだ。

 ところが上達するというのは、自分が持っている感覚を訓練して微細なことを察知できたり、瞬間的なことを手に取るように感じ取れたりできるようになることで、今もっている感覚や今感じている感覚に対して、心を傾けることから始めなくてはならないことなのだ。

 例え自分が物事を始めたばかりの初心者であっても上級者であっても、今自分が感じている感覚を、そのまま自分の大脳へ伝えることから始めなくてはならない。それを決して論理的に翻訳したり比喩的にしたりしてはならない。

 例えば、右手小指の第一関節の外側が背中の後ろに、引っ張られるように感じるとしたら、そのまま自分の大脳に伝えなければならないのに、それを「右手小指の第一関節が8時方向へ遠心力5kgの力で引っ張られる感じがする。」というように自分が指先で感じていることを論理的に翻訳したり、「コマが回るように自分の小指に遠心力が伝わって、後ろに引っ張られるように感じる。」と表現したりというように、自分自身の脳へ伝えてはならないということだ。勿論感じている感覚を無視しないことはもっと大切なことだ。

 このような表現は、一見分かりやすくしているようで、良く聞いてみるとどんな感じなのか伝わってこないのである。
 自分自身が今感じている感覚を無視せずに、自分自身の脳にできるだけありのままに伝える必要があるのだ。例えば、「8時方向へ引っ張られるような重さを、小指の第一関節に感じている。」というように表現する必要があるのだ。

 そしてその運動や働きの結果と感じている感覚とを関連付けて、自分の脳へ伝え続けなければならない。また、感じている感覚が変わる度にまた改良して変える度に、その変化した感覚と結果を関連づけて、自分の脳へ伝えることではっきりと認識して、訓練をすることが大切なのだ。

 また、心地良いと感じた場合でも、背中や腰など身体の何処でどんな感じを受けることで、心地良いと感じたのかをはっきりと自分の脳へ伝えなくてはならない。
 こうして身体の何処にどんな感じを受けたかということと、その結果がどうなったかを関連づけることだ。
 絶えずこの関連づけをして認識することを怠ってはならない。そうすることによって、その感覚を訓練の中心へおくことができて、改善するにしても訓練を繰り替えすにしても、その手がかりとなるのが感覚になるということなのだ。

 フォームを変えたり力を加減したりして、結果を改良したいと考えた場合でも、自分の感覚に訴える必要がある。
 自分の腕や腰や足に感じる感覚を、こんな感じへと変えようと意識して、フォームや力の加減を変えようとしなければならない。そうすることによって、大脳が考えることと感覚とがかい離することがなくなって、「頭では分かるけれど、身体がいうこと聞かない。」とか、「理屈は解るけど、それをどのように身体でやればいいかが分からない。」ということが少なくなるのである。

 思考の出発点が絶えず身体で受けている感覚になることが、感性が豊かになることに繋がり、思考が宙に浮いてしまうということを防ぐことができ、新しい試みや発想も自然に身体から湧き上がってくるようになるのだ。

 先ず自分の身体で受けている感覚を、忠実に自分自身へ伝えることから始める必要がある。これを怠らずに続けて、時々そのまま忠実に伝えられているか、理屈っぽくなっていないかチェックする必要がある。

 特に自分は頭が良いと思っている人は、要注意だ。


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