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Arena Condition

PM 10:00 June 24, '09 ( Wednesday)

明日は、晴れるようです。今日水溜まりができてしまっているので、明日はその水溜まりへ砂を入れて修復して、回復を期します。


 「学習(失敗体験)」

 学習というと、何かができるように、上手になるように、理解できるように、なるというようにイメージするものだ。しかし、もう一方で、何かができなかった、上手にならなかった、理解できなかった、というように、学習してしまうということがあるのだ。

 この失敗の学習は、様々な弊害の元になる。
 当然のように何かかができるようになろうと思って、練習したり学習したりするのだが、初期段階であればあるほど、失敗の確率が高いその反対に成功の確率は低いものだ。その確率の高い失敗がどのような影響を与えているのかを理解して、成功の確率を高めるように工夫する必要がある。

 失敗は、色々な学習を生んでしまうものだ。むしろ成功よりもよりインパクトある印象を、その人にもたらしてしまうものなのだ。つまり失敗の学習をしてしまうということだ。

 世に言う「負け癖」も失敗の学習の代表的なものだ。
 「負け癖」とは、勝敗を分けるような大事な局面で、何回か失敗を体験することによって、また失敗するかも知れないという緊張を高める要因になるばかりでなく、失敗の経験によって如何に失敗しないようにと思って、訓練や勉強に努めるものだ。このことによって益々失敗しないための防御策に、偏った勉強や訓練になってしまうものだ。

 実際には失敗しないためと成功するためのとは、その対処法は全く異質なもので、どんなに失敗しないように対策を取ったとしても、それが成功をする確率を高めていることにはならないし、むしろ失敗の対策を取れば取るほど、失敗のイメージを脳裏に焼き付けてしまうことになって、失敗のイメージトレーニングをしていることになるのである。
 このことが「負け癖」といわれることの論理なのだ。

 失敗の体験を繰り返すことによって、様々な心理的影響を与えてしまっているのだ。勿論成功すれば、その成功体験によっても様々な心理的影響を与えているが、その人の性格によって、どちらの体験がより強い心理的影響をもたらすかが決まってくる。そして失敗や成功そのもののインパクトの大きさによっても、心理的影響の度合いも変わってくることは勿論だが、多くの日本人は、失敗体験による心理的影響の方が成功体験の方より強いように思われる。

 先ず失敗体験によっても人は、学習するということを理解する必要がある。そしてどのように学習するかが問題になる。
 失敗による学習は、体験することによって失敗やリスクを回避したいという願望が強くなってしまうがために、失敗やリスクの実態や大きさを具体的に、そのものをしっかりと確認することを怠ってしまうことになって、益々失敗を予測することによる不安を増幅させてしまうという特徴を持つのである。

 また失敗を繰り返してやがて失敗しなくなったとしても、その体験によって過剰にプロテクトしようとしまうことによって、結局失敗を生んでしまうことになる。

 また失敗体験によって、失敗を回避したいという不安な心理状態から、解放された状態を作り難くなってしまうことがある。
 白紙の状態で、どのような現象が起きるのかを把握する必要があって、その白紙の状態で見ることによって、どのような対処が効果的なのか、何を身に付けることが重要なのかを、判断することができるのだが、失敗の体験によって可成り先入観をもって物事見てしまっていて、実態の把握が歪んでしまっているのだ。
 そしてまた、失敗を繰り返していたがために、先入観をもって実態を歪んで見てしまう。その実態を正確に見ていないという認識を、持っているということを疑っていないことが問題なのだ。

 失敗するのは、当然でありその確率は高いものだ。考えなければならないことは、失敗しないためのことではなくて、成功する方法のことであり、成功するための要因を身に付けることだ。
 失敗することで学ぶことが多いというのが、日本の常識なのだが、この常識は間違いだ。
 成功するために何を学ぶ必要があるのかが重要で、失敗しないために何をするかを学ぶ必要は、全くないのである。
 素晴らしい価値あるものを沢山見たり触れたりすることは、成功を見たり触れたりすることで、偽物を見たり触れたりすることが、失敗を見たり触れたりするということだ。偽物をどんなに沢山見たり触れたりしても、本物を見抜く力にはなり得ない。

 運動神経が鈍いと自分を、決めつけている人が沢山いる。何故そう決めつけているのだろうか。それは、何回かの失敗体験によるものだ。これらの人はこの失敗体験によって、何故失敗したのか、何故成功できなかったのかという問いかけに対する答えを、運動神経が鈍いからだという結論を持ってしまう。運動神経が鈍いという結論を得たところで、失敗の原因追及に終止符が打たれてしまう。

 運動神経が鈍いという結論に至る前に、考えなければならない問題があるのだ。
 何回かの失敗によって、苦手意識が生まれるからモチベーションが下がる。モチベーションが下がることによって、訓練する機会が極端に少なくなってしまう。練習や学習する機会が減ってしまえば、当然成功する可能性を高くすることはできない。結局再び失敗するから、運動神経が鈍いという結論が確固たるものとなってしまうのだ。

 失敗することは当然で、至極当たり前のことだ。だから訓練したり学習したりする必要があるわけで、失敗すればするほど練習や学習に打ち込まなくては、成功するはずがないのが道理というものだ。
 そんな理屈は、誰でも知っているけど、長い歴史これを繰り返しているのだ。それは運動神経が鈍いという原因を、画期的にクリアする方法を人類は見つけていないからなのだ。一部の努力の天才は、挫けない強固な意志の持ち主だから故に成功するまでの努力を続けることができて、成功せしめたということだ。

 しかし本当はそうではないのだ、堅牢な意志も必要なければ血の滲むような努力なんかも必要ではない。
 訓練仕方や学習のそれが問題なのである。

 脳の機能を充分考えて、訓練や学習をする必要があって、得意であっても苦手であっても、大脳に先行させることなく自分の感覚が作り出す世界を増幅させるベクトルを維持しながら訓練することが何よりも重要なことなのである。

 具体的方法をここに掲載することはできないが、訓練や学習といえば常識的に考えがちな方法とは違う観点で、これを成す必要があるということはいえることなのだ。

 失敗から学ぶことはないし、学んではならないのである。
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