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PM 7:00 June 4 < '09 ( Thursday)

 天気予報が変わりまして、明日の夜には雨が降るようで、土曜日にも降るような予報になってしまいました。

 「教育現場」

 歴史の造詣が深い人が歴史の先生をして、スポーツの得意な人が体育の先生になるというのが当たり前なのが教育現場だ。

 私は、これは可笑しいことだと思っている。

 知識や技術の伝承を教育だと考えるのが、常識になっているのが今日の社会だ。

 教育は、知識や技術の伝承とは明らかに違うことだ。教育とは、脳や身体をどのようにコントロールできるかを知ることであり、どのように使うことによって脳や身体を養育できるかを知ることなので、知識を得たり技術を獲得したりすることは、第二段階のことなのだ。

 その為に脳や身体の機能やメカニズムやそのリレーションシップを、知ることが必要だ。

 脳や身体の機能やメカニズムやそれらのリレーションシップを知り、それらをコントロールすることによって、思考力や機能を高めてゆくことができるようになることが、教育なのではないだろうか。自ら自分の脳や身体の能力をコントロールしたり高めたりするためには、それらをコントロールしようという存在を育てなければならない。

 コントロールしようという存在を養育することが即ち教育なのだ。

 知識や技術を獲得するということは、教育の第二段階だといいましたが、実際には同時平行的に、脳や身体をコントロールしようという存在を育てることと共に成されなければ、どちらも養育されるということはない。

 つまり便宜上、教育の第1段階を脳や身体をコントロールしようという存在を養育することだと定義して、第二段階を脳や身体をコントロールして、実際に知識や技術を獲得することと定義する。
 教育を第一と第二段階とに分けて考えなければ、コントロールしようという存在を養育することができないのだ。

 この存在を養育できずに、知識や技術を獲得してしまうと、獲得した能力を使うことが無軌道になってしまうかも知れません。北朝鮮が核爆弾を持つことと同じになる可能性を持つのだ。

 脳や身体をコントロールしようという存在とは、意志だ。

 教育の第一段階とは、意志を養育するということなのだ。

 脳は、色々な機能を分担して行っている。それらが互いに関連性を保ちつつ機能している。しかしある機能が働いてしまうと、違う分野の機能を阻害するということもあるので、それらの機能をコントロールして、適宜に機能させる必要がある。
 このためにも脳や身体をコントロールする存在として、意志を養育する必要があるのだ。

 時々文化人と称される人達が、道徳教育の必要性を訴えているのを見かけるが、意志の養育とはそんなレベルのこととは違う。

 五感を始めとする感覚器官で受け取る外部情報を末梢神経で中枢神経へ送り、そして脳に伝わりそれぞれの脳器官で処理されて、再び末梢神経へ指令情報を送り、行動として現れる。
 外部情報を何も意識することなく脳に伝えてしまえば、大脳の好むことのみを考えたり訓練したりというように偏ってしまったり、そのうち外部情報に対する感覚も鈍ってしまったりするようになって、益々偏ってしまうのです。

 そこで、自分の意志を養育するためには、その意志を何処におくかということを考えなければならない。
 何処におくかということは、末梢神経から中枢神経そして脳、脳の中の大脳や小脳など、そして再び末梢神経へと伝わり、フィジカル的運動として現れるこの一連の情報伝達メカニズムの中の何処に意志が存在するかということで、意志を養育し且つ脳やフィジカルを訓練して、脳やフィジカルの能力を高めたりコントロールしたりできるかを握っていると考えることができるのだ。

 大脳や他の脳に自分の意志を宿しているとすると、大脳の好き勝手気ままの人としてしか成長できない。
 末梢神経で受けた外部情報をそのまま脳に送る前に、パソコンでファイル名を付けたり拡張子を付けてファイリングすると同じように、感じたものを意識で捉えて脳に送るように、末梢神経の近くに意志をおくようにして、情報処理するようにすれば、意志を養育できるばかりでなく、末梢神経や脳をもコントロールできるようになって、自分自身を教育する成果が画期的にあがるようにすることができるのだ。

 ものを感じてから思考をするような順番を守ることもまた、意志を育てると共に末端の感覚を微細にコントロールすることができるようになって、優れた表現力を持つことができるし、その微細にコントロールできるようになった末端の感覚が感じ取る情報は、常人には感じ取ることができない情報であり、その情報から教わることは、益々自分を高める発想を生み出すことができる元となって、創造力やインスピレーションを生み出すことに繋がるのである。

 世に言う感性を磨くとは、末端の感覚で感じることや表現できることが、素晴らしくなるということであり、末端の感覚が洗練されなくては磨かれるものではなく、それには末梢神経の近くに自分の意志をおいて、そこより外側の末端の感覚や内側の脳もコントロールできるようになって、微細な情報も見逃すことなく感じ取って、その情報を脳で解釈できるようになることが、感性を磨くということなのである。
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