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Arena Condition

PM 8:30 April 2, '09 ( Thursday)

 今日は良く晴れまして、明日も良く晴れるようです。

 馬場は、明日の晴れで週末は、悪くないコンディションになるでしょう。
 明日の馬場状態は、あまり良いとは言えないでしょう。


 昨日よりの続き

 7.  自分の姿が気にならない人          1/2/3/4/5

 自分の取り巻く環境に中で、色々な現象が現れます。
 その一つ一つについて、直接的原因に対して気が向くが、真の原因は到底見つからない。

 何故あの人は私に対して、あんな態度を取るのだろうか、どうして私の身の回りに、こんなことが起こるのだろうか、私の飼っているペットは、どうしてこんな風に育ってしまうのだろう、など色々な現象がどうしてそうなるのかが解らないし、疑問にも思わないのかも知れない。


 自分の普段の何気ない行動に対して、客観的に見るという気持ちを持ち合わせていない人にとっては、永遠の謎であり、解明できない不可思議さをもって映る現象なのです。不思議にさえ思っていないかも知れませんが。

 自分の身の回りのことに対して、自分の姿がどのように関わっているのかということは、何よりも優先して気にかけることでなくてはなりません。しかしそれがイコール自虐的なこととは違うのです。

 自分がどう関わっているのかを考察することと、自分に罪があるということはイコールになりません。良いように関わることもあれば、悪く関わってしまうこともあるわけで、要はその原因を正確に知ることが大切で、正確な原因が解明できれば、適確に対処することができるのです。


 8.  目的より課題が気になる人          1/2/3/4/5
 9.  課題より目的が気になる人          1/2/3/4/5

 目的より課題が、課題より目的がというように、目的とその為の課題のどちらかに意識が偏ってしまうということが問題なのです。

 目的と課題とは切っても切り離せない密接な関係であるのに、そのどちらかが気になってしまうという偏りは、結果として目的の達成ができないということに繋がってしまうのです。

 目的達成のために実際に行動するのは、その目的を分析して達成するためにしなければならない課題を見つけて、その課題の一つ一つに取り組むということです。

 しかし課題に取り組んでいる課程において、当初考えていた課題がそれほど重要でないと分かったり、より優先する課題が見つかったりした時に、課題の一つに立ち向かっている課程においても、目的を見失っていなければ、より合理的な方法を選択できる。

 また実際に行動する課程において、当初大切な目的に見えていたものより、もっと重要な目的とか、実際行動することによって見えた本質によって、考える目的が違ってきたとしても、軌道修正することに躊躇無く挑めるのです。

 しかし目的やその為の課題のどちらかに意識が偏っていれば、臨機応変に行動ができないし、途中で間違いに気付くことができないか、気付いたとしても計画を変更するのに躊躇して、タイミングを逸してしまうことになりかねません。

 10.緊張して思うようにできない人        1/2/3/4/5

 プレッシャーのかかるような局面を迎えると、どうしても緊張して自分が見えなくなってしまう。特に人の前で何かをしなくてはならないとなると、頭の中が真っ白になってしまう。 と思っている人は、それが自分の性格でどうにもならないと思い込んでいる。

 プレッシャーに強いと思える人と弱く見える人とは、本当にプレッシャーを感じる度合いが違うのでしょうか。

 日本には「心頭滅却すれば、火もまた涼し。」という古くからの言葉があります。

 私は、その逆のことを何時も考えます。心頭を滅却しないで、自分がしなければならないことに極力集中することを意識します。

 イメージトレーニングもその内の一つの方法です。自分がその緊張する局面において、しなければならない一つ一つを事細かくイメージすることと、そのことに集中することで、余計な雑念を払うということです。

 しかし自分ではどうしようもないほど雑念が湧き上がってしまう時は、その雑念と向き合うことです。雑念を意識的に避けようとすればするほど、却って頭から離れなくなってしまうものです。

 緊張して頭が真っ白くなる人は、自分だけにプレッシャーがかかっているわけではないということを知らなければなりません。またプレッシャーに一見強いと見られている人も、自分と大した違いがないということもまた知る必要があります。

 只ものの見方として、工夫する方法があるとすれば、成功を前提にものを見るか、失敗を前提にものを見るかの違いを考える必要があるかも知れません。

 成功を前提とすれば、緊張は高まるし、失敗を前提とすれば緊張は和らぐ。
 
 また最悪の結果を想定するか最前を想定するかによっても、もたらされる緊張の度合いが変わってくる。
 
 更にまた失敗することが許されないとか、どうしても失敗するわけにはいかないというように、使命感が緊張を高めるという場合も考えられます。

 この場合、成功以外は想定しないということが大切です。失敗したらとか運が悪かったらということは、一切考えないようにすることが必要です。

 基本的には、普段の訓練において、意識的に自分自身を訓練するのですが、意識しなくても自然に身体が反応するまでの領域にまで熟練しておくことが何よりも大切なことなのです。このことは、自分の技量を発揮するのに、大脳を通さなくてもできる領域にまで訓練しておくということで、それができれば、どんなに緊張していても、身体は自然に反応して、普段通りにできるのです。

 ということは、緊張して思うようにできないとか、頭が真っ白になって普段の力が発揮できないとうのは、全くの嘘で、緊張しようが頭が真っ白になろうが、その時できたレベルがその人自身の普段の実力だということなのです。

 その時の精神状態に左右されない技量がその人の技術レベルであり、大脳の使用比率を最低限にしてできるスキルが、その人自身のレベルであり、訓練とは大脳の使用比率を下げても、発揮できる技量を高めるということなのです。

11.結果に注目しない人             1/2/3/4/5

 結果に囚われないということと、結果に注目しないということは全く違うことです。

 結果の善し悪しに囚われてしまうと、次ぎにステップアップに影響して、過信や自信喪失に繋がる。

 例えば結果が良くてもその原因によっては、賞賛に値するものであったりそうでなかったりするものが含まれているはずなので、只単に結果が良いからといって自信をもってしまって、精進するのを止めてしまえば向上しないばかりでなく、次なる栄光の座からは遠ざかるばかりで、チャンピオン病と言われる所以になってしまいます。

 また結果が悪い場合、やはりその原因を考察しないで結果ばかりを気にすると、次ぎにリベンジにトライする時、今度こそは失敗しないようにと思うあまり、緊張しすぎて失敗する可能性を増してしまうのです。俗に言う負け癖というものです。


 結果は客観的に総括しなければ、その経験が生かされないし、結果が悪くても内容が悪くない場合もあるし、結果が良くても内容が悪い場合もあるわけで、その内容についてあらゆる角度から検証しなくては、最善の次の一手を打つことはできない。
 
 結果に囚われるのではなくて、結果について客観的に検証して、その要因を論理的に洗い出すことが何よりも、最善のステップを踏むことができるわけで、そうでなければ自分を成功へと導くことはできない。

つづく2
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