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Arena Condition

PM 9:00 February 16 , '09 (Monday)

 今日は曇りでしたが風もなく穏やかな一日でした。

 ほんの少しでしたが今し方雨がぱらつきました。でもたいしたことはないと思います。



  技術とかスキルというものは、一つのベクトルを持っていて、ミクロへ向かうかマクロへと向かうか、早くか遅くと、強くか弱くと、重くか軽くと、いうように両極へ向かう性質を示します。

 例えば、卓越した技術を持った人にとっては、とても短い時間といいますか瞬間を、長く感じるようになったり、長い時間を一瞬のように感じるようになったり、また小さい物を大きな物のようにとか、大きな物を小さいものように扱うことができるようになったりするものです。

 また、デリケートという言葉がありますが、デリケートなタッチができる人にとって、デリケートと感じているのではなくて、はっきりとタッチしいるように感じていて、決してデリケーにしているわけではなくて、それが軽妙だから第三者から見れば、デリケートに見えるのではないでしょうか。

 技術というものは、難しいと思えることをいとも簡単にこなすことができるようになり、本人にとってテクニカルにとか厳重にとか真剣にとかのように、特別な思いがある内は、本当の技術になっていないということでしょう。一生懸命しなくてはそれができないのであれば、まだまだだということでしょう。

 このような卓越した技術者への道は、牛歩の如く遅々としているような歩みで、ある種気の長い話です。
 

 只そのような名人といわれる人達の言は、「日常のやるべきことを淡々と日々研鑽することだ。」というように、ゴールをカウントダウンするように目指すのではないといいます。

 そうはいっても、同じ仕事をしている人達全員が名人になっているわけではありません。むしろ極めて一握りの人だけが名人と呼ばれるように成れているというのも事実です。


 名人と呼ばれる人とそうでない人の違いは、どこから出ているのでしょう。

 色々な例を取ってみると、元々優れた才能に恵まれていた人が名人になっている例がないわけはありませんが、むしろその職に入った当時は、同僚より劣っていた人も少なくありません。


 ロシアのボリショイヴァレー団のプリマドンナも、最初から身体が柔らかく開脚が難なくできる人がなった例は極めて少なく、むしろ身体が硬くて足が開かなくて、柔軟になるために苦労をされた人がなった例が圧倒的だと聞いています。

 名人と呼ばれるようになった人は、そうでない人と比べてみると、日常的なこと、つまり単純なことを単なる作業としてこなすというではなくて、日々研鑽するという気持ちで、「その技術を身に付けるのだ。」という意識が働いていることが1番違う点ではないでしょうか。


 しかも基本中の基本といわれる極めてベーシックな、技術と呼ばれるほどのことではないような単純作業を、そのような意識で毎日毎日飽くことなく、その努力を続けた人だけが、名人と呼ばれるに相応しい人になっているのです。

 「誰にでも成れる可能性があり、誰でもができないことなのが名人」
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