Arena Condition

AM 9:45 November 7, '09(Saturday)

 今日も穏やかで良いお天気の朝を迎えました。

 馬場もほぼ良い状態に回復しました。

 今日は、午後にフェンシングのレッスンをしたいと思っています。

Arena Condition

AM 10:20 November 6, '09 (Friday)

 全国的な秋晴れで、気温は20°位になるそうです。

 今日で、馬場は万全になることでしょう。

 予定通りフェンシングのレッスンができそうです。
 対象者は、大凡インターメディエイトノンプロ以上のライダーかな。

 日頃のライディングで、ストップやスライディングストップについて、以下のことを解決してみましょう。

 1.感じていること。

 2.疑問に思っていること

 3.分からないこと。

 4.乗り越えられないこと。

 5.準備運動としてやっておかなければならないこと。

 1)ガイド。(前肢と後肢のステップ角のコンビネーション)
 
 2)踏み込み。(ストライド)

 3)コンセントレーション。

 4)その他。

「三つ児の魂」

 くだらないことかも知れないが、子供の頃からの習慣で生活のリズムになっていることや、親父がやっていたことが今では自分がそれをやっていることなど意外に多いものだ。

 私は、ご飯をおかわりするとき、茶碗にほんの一口ご飯を残しておかわりをする。おかわりしないときだけ残さずに食べる。そんな拘りで、間違っておかわりしたいのに茶碗の中のご飯を、全部食べてしまったときは、絶対におかわりをしない。

 茄子は、縦に細長く切る。丸く輪切りにすると機嫌が悪くなる。これといった理由はなくて、多分子供の頃から細長く縦割りに切った茄子を、食べていたというだけのことだと思う。

 鰺や秋刀魚を三枚に下ろすとき、この頃の料理番組では先に頭を切ってしまう。それを見て確かに頭を先にとった方が下ろし易いが、昔はそうはしていなかったように思う。
 三枚に下ろしてから頭を切り落としていたと思う。私の記憶違いかも知れない。しかし、私は断じて、頭を先に切り落としはしない。三枚に下ろしてから頭を切り落とすことを、私のプライドにかけてこれからもそうするだろう。

 それから、この頃お蕎麦屋さんや食堂へいって、天ぷらうどんなどの温かいそばやうどんを注文すると、お玉の小さい杓子が付いてくることがある。私はそれを使わない。やはり断じて使わない。しかし中華で付いてくるレンゲは使う。理屈に合わないが、そばやうどんの丼に付いてくる杓子は、私のプライドにかけて使わないのだ。

 この頃のファッションで、シャツをパンツの中に入れずに出している人が多い。この2〜3年は、シャツを入れていない人の方が圧倒的の多くなっている。そうしている人に対して何の感想もないが、私は断じてシャツをパンツの外に出して歩くことはしない。

 お風呂に入るとき、先ず身体を洗ってから湯船につかる。どんなに寒い日でもそうする。
 そして顔から石けんで徐々に下へ渡っていって肢の指先まで洗って、最後に背中を洗う。
 顔を洗うとき、耳の中まで石けんで洗う。そうしたら最後に髪をシャンプーする。そうして全部洗い終わって、シャワーで石けんを頭から足の指先まで流す。そして初めて湯船に入る。
 毎日この手順が変わることはない。

 それから私は、シャツの下に下着を着ない。
 20才の頃からそうしている。
 それは海外の映画でそうしている映像を見る度に、憧れを持っていて何れそうしたいと思っていたが、私はお腹が冷えやすくて中々下着を捨てる勇気が出なかった。しかしあるとき思い切って勇気を出して、下着を着ないで素肌にYシャツを着ることにした。すると思っていたほどお腹が冷えるということがなく快適だったのだ。それからというもの、私は下着を着ないのである。
 真冬でもシャツとダウンのジャケットの2枚で過ごすのだ。このやせ我慢が続けられる限り、自分は男だという誇りを持ち続けられるのかなと思っている。

 それから真夏でも半袖を着ないということも、人から見れば何も意味のない拘りだ。馬の仕事に入ってからそうするようになったことで、虫に刺されたりするのが嫌でそうするようになったことだ。

 餃子のたれは、必ず最初にラー油を入れてそのラー油の中心に酢を注ぐ、その酢はラー油からハミでないように注ぐ、そして最後に醤油をそのラー油の周りへ注ぐ。決して、醤油をラー油と酢の中へ入れてしまうということはない。そして、最後に割り箸でこれらを混ぜるのだ。ただ次にやってみようと思っているのは、最後に混ぜるということをしないで、そのまま餃子を付けて食べてみようと思っている。
 もう一つ餃子には拘りがあって、最近店によって餃子を盛りつける皿に、たれを入れるところが一体になっているものがある。本当は、たれを別の皿で食べたいものだと思っている。
 基本的に、誰かにこれをやって貰うということはなくて、やって欲しくないと思っている。

 納豆は、市販のものの大凡は辛子と出汁醤油が付いている。私は、出汁醤油を使うことはない。これも理由はない。ただそうしたいだけだ。
 それに、納豆を食べるときは、先ず辛子ときざみネギを入れてかき混ぜる。絶対に醤油をこの時は入れない。そして充分糸を引かせてから醤油を、何度かに分けて入れる。醤油で色艶がでるようになることが、醤油の入れる目分量だ。勿論醤油を入れてはかき混ぜるということを繰り返す。
 この醤油を入れたときに糸引きがなくなったり弱くなったりしてしまう納豆は、私にとって良くない納豆で、そんな納豆は食べたくないものだ。
 そして一通りできて、いざご飯に納豆をかけるときに、ご飯にかける納豆だけにもう一度醤油を入れて艶を出してからかける。おかわりをしてもう一度納豆をかけるときも同じことをするのだ。これも誰かにやって欲しくないことの一つだ。

 書き出すともっともっとへんてこな拘りがあって、本当に自分は我が儘な人間だと思う。ただできるだけ自分だけの拘りとして続けたいだけで、誰かに押し付けたりしたいと思っているわけではない。だからこんなこと人に言わなくても良いことだから、普段人に話すことはない。

 私は、自分の本当の力は根拠のない自信だと思っていて、プレッシャーの大きい局面や状況のときに、自分が持っている力を出せるのは、この根拠のない自信を持っているかどうかにかかっているのだと思っている。
 この根拠のない自信は、こんなたわいもない拘りが作っているのではないだろうかと思う。

Arena Condition

PM 10:30 November 5, '09 (Thursday)

 今週末の土日の両日に、馬場コンディションが良ければ、フェンシングのレッスンをしてみようと思います。
 参加したい方は、是非積極的にお申し込みください。

 午後からを、その時間に充てたいと思っています。

Arena Condition

AM 10:00 November 5, '09 ( Thursday)

 ただ今は、曇っていますがこれから晴れるようです。

 馬場は、ゲート付近がぬかっていますが、全体的には湿っていて重馬場といった感じです。

Arena Condition

PM 9:45 November 4, '09(Wednesday)

 今日は穏やかなお天気で馬場も大分回復して、ゲート付近はまだぬかっていますが、馬場全体は、騎乗に差し支えない程度に回復いたしました。

 明日はもって回復して、週末まで天気が続くようなら、ベスト状態になることでしょう。

 「システムと個別対処」

 システムでやって良いこととやってはいけないことと、個別対処としてやらなければならないことがある。

 善意や良心や向上心や貢献の誘導は、社会的な制度や構造としてのシステムとして整備し、社会的構造として構築することによって、インセンティブ要因のある社会で、各々個人がその要因に触発されて多様な発想や多面的な発展が創出される。

 しかし悪意や虚偽や偽善などを、制度やシステムによって社会的構造として根絶させようとすることは誤りだ。
 
 悪は、個別の案件として対処しなければならないことなのだ。
 
 もし悪を、構造的にシステムを作って対処しようとすれば、個人の良心や善意が機能しなくなって、国家機関やある一定の権力機構や権力者に権限が集中してしまって、ある一定の期間、国家や集団が偏った倫理観で偏向してしまうことになるのだ。

 例えば、第二次大戦のときのドイツのヒトラー政権や日本の天皇制がそうだ。

 第二次世界大戦に突入していった日本の社会環境に、その偏向が顕著に見られる。

 所謂思想犯などという人間の内面を罰するような社会的風潮と、戦力や国力を客観的に欧米と比較したり国家戦略を国民一般の議論としたりすることを、社会悪としたシステム構造が日本の社会から、自浄作用を消滅させてしまったのだ。

 例えば、当時日本の戦力を欧米と比べて、客観的にその劣勢を指摘しようものなら、法律違反ではないはずなのに、近所周りの人から差別されたり虐めにあったりしてしまうような風潮が生まれていたことがこれに当たるのだ。

 今の日本は、個人個人の見識や知恵や勇気や判断によって、健全な社会を作っていくという責任感があまりになさ過ぎて、何か事件が起きれば直ぐに法律や制度を作って対処することばかりになってしまっている。

 その反面、無農薬栽培の野菜や果物に社会的評価を与えている。

 無農薬栽培は、その植物の生命力を旺盛にすることによって、害虫や病原菌から身を守って育成するというもので、一つ一つの植物が病原菌や害虫と闘って、そして堆肥などの過保護にしてしまうような肥料もやらない、その生存競争へ第三者である人間が介入しないということなのだ。
 
 最近A型インフルエンザが巷を騒がせている。

 細菌の根絶を人間が考えるのは、自然に対する人間の奢りだ。

 個々に病気にかからないようにとか、かかってしまったら早期に治療することは大切なことだが、何でも抗菌や除菌されたものばかりを社会的に作ろうとすれば、社会全体に抗体が減退してしまって、何れ我々人間は、無菌室の中でしか生活できなくなってしまう。

 ウィルスを根絶すれば、我々人間のような高等動物も生存できなくなるのである。

 民主党が陳情を党の幹事長室で一括処理して、個別の政治家がその陳情を受けたり陳情活動をしたりしてならない制度を発表した。
 これを、マスコミも野党の政治家も民主党の政治家自身も誰も批判をしない。
 
 陳情に限らず多方面の産業団体や活動団体や個人からの要望を、聞き届けて政治活動へ活かすことが政治家の仕事なのに、それを一括して党幹事長に集中して、個別の政治家が受け入れたりその為の活動をしたりすることを、禁じてしまうというのは、政治活動そのものを禁じてしまうということと同じことを意味するもので、大変危険極まりないことだ。

 小沢幹事長は、政治家と産業団体や各種活動団体などとの癒着の構造を根絶する為に、この制度を作ったといっている。
 政治活動とは、癒着や権力の集中を表裏一体的に持っているもので、それを個別の政治家の行動を制限することで根絶しようという考えが、あまりに稚拙で危険極まりないことなのだ。
 癒着や利益誘導がこの社会にあることが健全なのだ。

 しかしこれらのことは許されるものではない。
 
 倫理観は、それぞれの政治家の資質の問題で、その資質の向上は、良心や善意や向上心や判断力や献身性などを誘導する社会的構造を作ることで育み、収賄や利益誘導的事件が起きたときは、制度やシステムで対処すべきことではなくて、個別に厳正に処理しなければならないことなのだ。

 政治家の癒着構造を無くすということは不可能なことだ。その構造的欠陥を、制度によってそれを一極に集約してしまうことはできる。しかしそれはとても危険なことなのだ。

 政治家の社会に癒着構造が蔓延していた方が、それぞれの局面や局部において自浄作用が働く可能性を秘めているし、その逆に癒着を作りやすくしてしまう面もまたあることも否めない。しかし、権力が一極へ集中するということを、結果的に防いでいるという側面を有しているのだ。

 しかし、その癒着の構造を根絶する為に政治家一人ひとりがそれぞれに陳情を受けたりその為に活動したりすることを禁じて、一極へその活動を集約してしまえば、その一極をリードするリーダーへ権力が集中してしまい、そのリーダーに自浄作用を強く律する意識が働かなかったら、大きな贈収賄や利権的政治が行われて、社会的損失を作りかねない危険を有してしまうことになるのだ。勿論、自浄作用や倫理観が作用すれば、癒着や収賄を無くすことができるかも知れないが、このことは良くても悪くても、ただ一人の権力を有するリーダーの一存で、社会の行く末が決まってしまうことになるということだ。

 善を誘導する為には、社会構造にその要素を誘導するようなシステムの構築が必要だ。しかし、悪と闘うということは、制度やシステムにその作用を委ねてはならない。個人個人や個々の現場で、一々対処して処理しなければならないことなのだ。

 善と悪はその発生源が生命力という同じ根っこからきていて、善も悪も全て生命力の成せる技なのだ。だから善の生命力が旺盛ならば、悪は減少し、悪が旺盛になれば善は減少するというメカニズムで、善は、義務や空腹や痛みなどの強制力によって増幅することはなく、むしろ食欲や願望や希望などの欲求によって増幅する。悪もまた同様に欲求によって増幅する。しかし善と悪の違いは、その欲求を満足させる為に、善は、何らかの間接的要因を具備して獲得しようとするもので、悪は、欲求を満足させる為に直接獲得しようとする。

 従って、善を誘導する為には、社会的構造やシステムによって誘導することが必要で、人々は技術力や判断力や知力など何らかの間接的要因を具備しようとして努力して、欲求を満足させようとする。

 しかし、悪は、直接的に欲求を満足させようとするので、システムや社会的構造として悪を禁じても、根絶することはできなくて、地下に潜ってしまったり、規則を破る人に特権を与えたりしてしまうことになるのだ。原則的に、悪は根絶しようとしてはならないもので、減少は図っても共存しなくてはならない存在なのである。

 日本と中国も日本と韓国も国際間の領土問題についても、個々の案件で主張しあっていることが結果的に安定を保つことができるのに、日本は個々に問題が生じても主張するということを怠って、その時の安定を優先してきたものだから、取り返しの付かない関係になってしまっていて、日本の国内問題に両国とも平気で干渉してくる始末だ。
 逆に日本が両国へ干渉しようものなら、大騒ぎになって始末が付かなくなってしまうような次第だ。
プロフィール

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